陰陽記伝
平安陰陽記伝


「最上想名」
 
 どれほど、待っただろうか。とても長い間だったのは間違いない。


 深い悲しみが胸を占めていた。
 守りたかった。守れなかった。それは抜けることのない棘として、深く刺さる。
 それでも、時は流れるから。自分は待つことを選んだ。
 再び、自分を必要としてくれる存在が現れることを。

 どれほど、待っただろうか。とても長い間だったのは間違いない。


「今日から、お前は俺の式神だ」

 屈託なく浮かぶ笑み。まだ幼い容貌。亜麻色の髪に、灰色が掛かった茶色の瞳。
 あの人とは似ても似つかないのに。

「名前がいるよな? そうだなぁ……」

 難しい表情を浮かべていた顔に光が点る。

「あまうつり……天写はどうだ」

 小さな手が、鯉の姿をしたこの身に触れる。

「天(そら)を写し取ったみたいな色をしているから、天写だ」

 
『清き天を写し取ったような色をしている。だから、天清だ』


 良いだろう、と笑うその顔に別の人間の姿が重なる。
 ずっと待った。
 再び、自分を必要としてくれる存在が現れることを。
 それが、この目の前の幼子だというなら。
 今度こそ、守ってみせる。
 胸の奥の棘は抜けないけれど、棘が与える痛みは消えないけれど。あの人のことを忘れたわけではないけど。
 それでも、時は流れるから。

「お前は天写だ」

 無邪気に笑うこの子供を守ろうと決めた。今度こそ、見失わないように。


完 H20.9.5






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