オイオイと月が鳴いていた。銀盆から零れ落ちた光が地上に降り注ぐ。それに照らされるのは、深い木々に覆われた山々。
様々な生き物たちが息継ぐ緑の大地。そこにあるのは、強きものだけが生き残ると言う絶対の掟。
生い茂る木々。長く伸びる草木が地面を覆う。
ぱきり、と響いたのは枝が折れる音。
本枝から離れ、草に埋もれた枝の所在を知らせるものは何もなく。踏んだ主も、そこに枝があったとは思っていなかったのだろう。
遠く鳴く虫の音の中、響いたその音に、僅か一瞬、足を止めた。が、再び、歩みを進める。いっとき後には枝を踏んだことすら忘れた。
茂る葉の間を行けば、黒々とした毛皮に草が擦れる。青臭い匂いを放つ若草。大地の湿った匂いが鼻先を掠めた。
不意に。
オォォォォオオ
遠く響いた叫びに、クンと顔をあげる。尖った耳を澄まして、月夜を切り裂くその音を捉える。
オォォォォオオ
オォォォォオオ
最初の叫びに感化されたように、幾十にも重なる叫び声。
それを耳にした人は、おそらくは恐怖する。本能的な恐れ。その叫びの主たちと自分たちが、捕食者と被食者の関係であることを思い出して。
だが、それは彼らにとっては、連絡手段のなにものでもなく。
人はそれを遠吠えと呼んだ。
唐突に。
失せた叫びの代わりに、黙り込んでいた虫たちが歌を再開し始める。
ぱきり、とまた枝がなった。
木々の間をゆっくりと動く巨大な黒い影。闇に染まる艶やかな黒い毛皮が、枝の間から落ちてくる微かな月明かりを得て銀色に反射する。
巨大な黒い影の後を幾つもの小さな影が追う。つかず離れずの距離を保ちながら、小さな影は次第に数を増やしていく。それは、一つの集団へと変わる。
と、一つの影が、巨大な影のいく手を塞ぐように茂みから飛び出した。巨大な影が歩みを止めれば、後を追う他の影も止まる。
跳びだしてきた影は、巨大な影の鼻っ面に寄る。暫くの間。
『……いない』
低く唸るように響いた声。巨大な影は空に視線を投げる。金色に光その目が、空に輝く銀盆に注がれた。
『まだ、諦めるのは早い』
それに応えるように小さな呻きが、小さな影たちから漏れる。
『行け!』
オォォオ!
それに応えるように小さな影たちが、一斉に鳴いた。あっと言う間に茂みの中へと散る。
それを見送った後。巨大な影もまた動き出した。
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