男はしたたか、酔っていたのかもしれない。
祝いの席で酒を飲み、牛車での送りを断ったのは、少しでも酔いを醒まそうとしたためか。はっきりとした記憶が定かではない男に、それを問いたところで無駄であろう。
男は供も連れず、おぼつかない足取りで一人、闇道を進んでいた。
すっかり辺りは暮れ、天上の日は山の向こうに姿を消している。男の行く先を照らすのは天上に輝く夜の日だけだ。夜空には雲ひとつ見えず、白い光を放つそれが眩いばかりの存在感を示していた。
ふ、と誘われるように顔をあげた男の目に、小柴垣に囲まれた一軒の家が映った。長い間、手入れされていなかったのか、あちらこちらに草が茂り、ちりちりと虫の鳴く声が響いている。荒れ屋と見間違うばかりだが、覗き見る限りでは最低限の手入れはなされているようだ。しかしながら、人の気配は遠い。
はて、と思いながらもなぜか、そこから目が放せない。男は誘われるように、門戸の方に歩み寄る。
ぞくり、と背筋に何かが走った。
いつそこに姿を現したのか。
木立の間から一人の若い女が顔を覗かせていた。美しい女だった。はっきりと顔が見えないのに、なぜだかそう思った。
衣の裾が舞う。男はおぼろげなその顔に釘付けとなる。
女が――誘うように笑った気がした。
吸い寄せられるように、男はふらりと女に近付いていく。女はそれから逃れるように家の中へと姿を消す。男に逡巡があったのか、なかったのか。あとを追って男もその屋敷の中に入って行った。
男はその後、屋敷から出てくることはなかった。
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