陰陽記伝
明治陰陽記伝


「親思子不知」
 
 かつて、都が西にあったころ、魑魅魍魎が夜の世界を跋扈していた。人は日の神の下でしか、思うがままに動くことができず、闇の世界の住人に蹂躙される日々が続いていた。
 そんな人間に、天津神は一つの力を与える。闇に潜むモノ達を祓う力。その力を持つ者は陰陽師と呼ばれ、闇を恐れることがなくなった人は徐々に栄えて行った。多くのモノたちは闇の中に葬られ、世は人の天下と化す。
 やがて人間は目に見えない陰陽道ではなく、科学へと傾倒する。その結果、陰陽師たちは異端として追いやられ、姿を消した。
 符宮明信は、土御門家最後の当主である。土御門家はかつて陰陽道を極めた一族だった。だが、時代の変化に淘汰され、その勢力を弱める。
 当主の座を継ぐと同時に、一族は崩壊。今では符宮と名乗り、人里離れた山奥で妻子と共に暮らしていた。


 黒々とした髪に、揺ぎ無い意思が込められた双眸。精悍な顔つきに、悠然と落ち着き払った様子。知を感じさせる穏やかな話し方。
 明信はなかなかの美丈夫だ。だが、身に纏う衣服は継ぎ接ぎだらけ、野良仕事のため、手先は荒れて傷だらけだ。その生活がけして、裕福なものではないことは一目見て分かる。
 それでも明信は、愛する妻と子と平穏に暮らせていることに満足していた。
 そんな明信には気掛かりな事が一つあった。他でもない、愛する我が子のことだ。
 葛葉という名の子は、四つになったばかりで大変好奇心が旺盛である。
 諸事情により、人里離れて暮らしている明信にとって、葛葉の成長が唯一の楽しみといっても過言ではない。
 だが、成長するに従い、葛葉は昔ならば羨まれるだろう、今では異端でしかない能力を開花し始めた。
 葛葉が物心つき出すのと同時に露わにしだしたものこそ、見鬼の才、そして陰陽師としての特殊な素質だった。
 僅か、三歳だった。葛葉は、僅か三歳で無自覚のまま、物の怪を式に下した。明信でさえ、長年かけてようやく従えることが出来た式神を、あっさりと手に入れた。
 陰陽師の末裔として、我が子の見果てぬ才能を喜ぶべきなのだろうが、明信は素直に喜べなかった。これから先、陰陽師や物の怪が否定されていく時代に、このような異端の力を持つことが、果たして幸せであるのか。明信は我が子の未来に、憂いを感じずにはいられなかった。
 最初の式を下してから一年余り、今では葛葉は多くの式を手にし、友達だと言って無邪気に山を駆けずり回っている。人間の友達がいない葛葉は、物の怪だけが唯一の遊び相手。人外を友とすること、それ自体もまた異端である。
 まだ、葛葉が幼いうちに山を降りるべきではないかと、何度も明信は思った。思うものの実行に移せないのは、人里に下りたところで、生活を保障するものが何一つとしてないからだ。全てを最初からやり直す事は、容易い事ではない。
 その結果、葛葉が物の怪を友と呼ぶようになって一年余りが過ぎたというのに、こうして山奥に留まっている。
 その葛葉が最近、頻繁に口に出すようになった名前があった。
 葛葉は式神たちに名を与えている。意識してやっていることではないだろうが、人外に名を与えることは、その存在を支配する言霊を与えることである。だから、明信は大して葛葉の言う名を気にしてはいなかったのだが、その名だけはなんとも異様だった。
 否、正確には、聞きなれすぎて異様に感じたのだ。


「あのねぇ、今日はおおかみさんと、おにごっこしたんだよ」
 ぱちり、と火の粉が舞った。
 囲炉裏の傍に腰を掛ける母親の膝の上に甘えるように座った幼子は、大きな目をくりくりと動かして無邪気に笑い声を立てた。
 小さな庵は、囲炉裏のある部屋と奥の寝所だけの質素な作りだが、家族三人で暮らすには、然程不自由はない。
 幼子――葛葉は母親に甘えながら楽しそうに、今日、あったことを話している。
「はやい飛子(ひこ)よりも、もっと速いんだよ」
 母親は優しく相槌を打っては、我が子の髪を撫でる。
 飛子とは最近、従えた式神だろう。
 そして、『おおかみ』とは。
 明信が不審に思ったのはその名称だった。
 『おおかみ』とは山犬(狼)のことを指す。だが、山犬はめっきり数を減らし、ほとんど見ることはない。では、『おおかみ』とは葛葉が名付けた式神のことだろうか。
「……葛葉」
 呼びかければ、夜空よりも更に黒い、漆黒の瞳が向けられる。小首を傾げた拍子にさらり、と流れるおかっぱの髪。
「『おおかみ』とは新しい物の怪かい?」
「ううん。おおかみさんは、おおかみさんだよ。とおくから、けんぞくといっしょに来たんだって」
「けんぞく……」
「それで、すっごいんだよ。お口は大きくって、からだは温かいんだけど、目をぱちぱちしてる間に白くなるんだ」
 腕を大きく回して、「これくらい」と示す。その『おおかみさん』が余程、お気に入りなのだろう。葛葉は拙い口調で一生懸命に話す。
 その多くが理解する事のできない意味不明な言葉の羅列。幼い子供の言葉ほど、未知なものはない。
「葛葉。もう寝なさい」
「はーい」
 まだまだ話し足りなそうな顔をしていたが、母親の言うことに逆らうような子ではない。明信に、「おやすみなさい」と告げると寝所の方に下がって行った。
 葛葉が寝入れば、ざわめきに満ちていた庵は、しん、と黙る。
 子供が起きているのと寝ているのでは、空気の静けさも違う。
 明信は、じっと囲炉裏の中の火を見つめている。考えるのは葛葉の言った『おおかみ』という言葉だ。式神の名であるのなら、それはそれで問題はない。或いは山犬の事であれば……少々問題はあるが、葛葉が害を与えられていないのならば、問題はあるまい。
 だが――。
 明信は渋面を浮かべて、弾ける炎を睨んだ。
 『おおかみ』とは狼であると同時に、大神だ。大神とは『おおみわ』であり、大物主大神(おおぬしのおおかみ)に通じる。そして、大物主大神は大国主神(おおくにのぬしのかみ)の和魂である。大国主神といえば、天を象徴する天津神の天照大神に対して、大地を象徴する国津神の神格だ。
 国津神の多くは天津神に統合され、それを拒否した国津神は祟れる神と成り果て、平安の頃に人間の手によって全て封じられたとされる。
 今の世に国津神を見ることは叶わない。神社に祭られながら、永久の眠りについているのだから。
 心配するようなことは何一つない、と思いながらも明信の心は晴れない。勘とでも言うのだろうか。陰陽師としての勘が、血がざわめく。
 気になることは名だけではない。葛葉の言った『けんぞく』とは眷属のことだろう。まだ幼い葛葉がそんな難しい言葉を知るはずがないから『おおかみ』が教えたのだろう。
 普通、物の怪たちは群れることはあってもお互いを『けんぞく』とは認識していない。眷属という分け目を考えるのは、余程高等な物の怪か、神仏の類だ。
 『おおかみ』と『けんぞく』
 その二つの単語から導き出されたものに明信は思わず、渋面を作る。ありえない。今の世にいるはずがない。打ち消そうとしても、しこりのように残る疑惑に、明信の心には波が立っていた。


「葛葉」
 庵の裏で母親を手伝い、収穫物を採っていた葛葉に明信は声を掛けた。泥に汚れた手で頬を触れたのか、茶色の染みが肌を彩っている。
「『おおかみ』は今、呼べるかい?」
「んっ?」
 葛葉は、コトリ、と首を傾げて明信を見上げた。
「おおかみさんは呼んじゃいけないんだって、みんな言ってるから呼ばない」
「呼んではいけない?」
 葛葉は頷く。それから、ぱっと表情を輝かせ、
「父様も、おおかみさんと友達になるの?」
「……そうだな。出来れば仲良くしたいと思うが」
「じゃあね、んっと」
 葛葉は何かを探すように視線をさ迷わせた。小さな腕が上がり、土に汚れた指先が山の向こうを指す。
「あっちにトントンのお家があるでしょ。その後ろの大きな岩におおかみさんは寝てるよ」
 トントンとは、確か猪のような物の怪の名前だったはずだ。明信は指で示された方向に視線をやる。
 見渡す限り生い茂る山の緑。人間以外の生き物と、物の怪が生き継ぐ、古き良き森。
「父様、おおかみさんのところに行くなら、採るの終わったら行くから待っててってゆっといて」
 満面の笑顔で告げる息子に、落ち着かない心中を隠して、明信は笑みを返した。


 周囲の空気が僅かながら変わったことに気付いた。道ならぬ獣道を進みながら、注意深く周りを窺う。張り詰めた気が肌に圧力をかける。
 生い茂った草を掻き分け進めば、草の合間から奇天烈な生き物たちが顔を覗かせる。物の怪たちだ。明信の動向を窺っているのだろう。
 明信は一歩一歩踏みしめるように奥へと進む。
 やがて、視界に見えてきた大きな岩。葛葉が言っていた岩だ。
 明信は足を止めた。
 本能が警鐘を鳴らす。それ以上、先へ進むなと訴える。そこに、何かがいる。
 見られている。それはこちらに気が付き、気配を消して様子を窺っている。
 嫌な汗が全身から吹き出る。鼓動が早まり、拳が震える。
 胸の中に湧き上がるのは正体不明の恐怖。今すぐ、ここから離れろと本能が言う。
 明信は深呼吸をした。心乱しては正常な判断ができなくなる。
 躊躇いがあったのは、確かだ。だが、踏み込まなければ、知りたいことを知りえることも適わない。
 明信は真っ直ぐ前を見据えた。
「『おおかみ』とは貴方様のことでしょうか?」
 声は森の中に吸い込まれた。明信は視線を逸らさない。
「私の息子が、いつも世話になっているようですが」
 返る言葉はないが、その気配は消えていない。肌がちりちりする。そこにいて、こちらを見ている。
「姿を現していただけないでしょうか?」
 間があった。どれほど、時間が経ったか、明信には分からなかった。
 空気が揺らいだのを肌で感じ取った。次の瞬間、唐突にそれは姿を現した。
 黒い、艶やかな黒い毛皮が日の光を反射して煌く。牛ほどもある巨体。巨大な口の間からは鋭い牙が覗く。前足から背中に掛けて、しめ縄が巡っていた。
 圧倒的な存在感を宿す気が襲い掛かり、明信は唇を噛み締め、それに耐えた。
『……葛葉の父親か?』
 吐かれた言葉は言霊となって、明信に届く。
「……葛葉は私の息子です。貴方様が『おおかみ』様ですね」
 疑惑は確信となる。葛葉の言っていた、「おおかみ」は、目の前にいるこの存在は――。
『いかにも、我は大神』
 目の前にいるこの存在は、神。国津神の大神だ。
 葛葉は三つにして式神を従えた。物の怪を友とし、その天性の才は明信を遥かに凌ぐ。その血が、大神と巡り合わせたのか。
「息子がいつも世話になっております」
 明信は頭を下げる。
 ここ最近、山に不穏なことをしでかす物の怪が減ってきた。そのことに疑問を持ってはいたが、気には留めていなかった。その謎が、今解けた。
 この神が山にいるから、この神がそういうモノを追い払っているから、山は清浄に保たれている。
 それにしても、と思う。目の前の神からは不浄なものは感じられない。穢れることなく現世に生きる国津神。まさか、そんな存在が残っているとは思ってもみなかった。
『世話に?』
 問いかけるような響きが吐かれたと思った次の瞬間、黒い獣は姿を消した。
 一瞬ののちに、その姿は人へと変貌する。長い白髪に腕と肩に回るしめ縄。見惚れるほどの雄雄しい顔立ちに、全てを射抜く金眼。赤い隈取が頬を彩る。

「目をぱちぱちしてる間に白くなるんだ」

 葛葉の言葉の意味を明信は理解した。
 金の双眸が明信を容赦なく貫く。明信は腹に力を込めて、それに耐える。
『勘違いするな、人間』
 言葉と共に気が放たれ、明信を揺さぶる。
 吐き出されるのは神の言葉。
『俺様は人間の子供など、世話をした覚えはねぇ』
 眉を顰めて、心外だとばかりに眼差しを強くする。そこから、感じられるのは人間に対する憎悪。
 ぞっとした。この神は、堕ちてはいない。だが、その胸の奥に、憎しみと言う負の感情が渦巻いている。それはやがて、神の身を堕とし、穢れさせる。
 もし、この神が堕ちて祟り神と化したとしても、明信の力ではどうすることもできない。
 今の世に、祟れる神が現れたら、人は止めるすべを持たない。
 焦りが胸を焦がす。堕ちる前に、なんとかしなければ――。倒すことができないのなら、封じるしかない。そのときだった。
「おおかみさーん」
 遠くから響く声。明信は振り返った。
 茂みを掻き分けながら近付いてきたのは、葛葉だった。母親の手伝いを終えて、早速、大神に会いにきたらしい。
「あっ、父様だ。父様、おおかみさんと仲良くなったの?」
 無邪気に笑いながら近付いてくる葛葉に、明信は慌てた。相手は人間に対する憎悪を孕んだ神だ。そんなものに近付くなど、危険極まりない。
 走り寄る我が子を、明信は制止させようとするが。
『ちっ』
 舌打ちが漏れた。大神は踵を返し、その場から去ろうとする。その背に葛葉が飛びついた。
「おおかみさん、今日は何して遊ぶの?」
『くっつくなっ!』
 張り付いた葛葉を大神は引き剥がす。
「そうだ! あっちに木があるでしょ。今日くらいね、木の実が食べごろだって、しゅうさんが言ってたんだよ」
『だから?』
「おおかみさんは大きいから上の木の実も採れるよ」
『…………』
 襟首を掴み上げられた状態で、葛葉は楽しげな声を上げる。
 咄嗟に息子を助けなければと思った明信だが、葛葉の危機感のない態度に動きを止めた。
 金の双眸が葛葉に絡み、その手は葛葉の襟元を掴んでいる。その鋭い爪ならば、幼子を切り裂くことなど容易いことだろう。大神の言霊を用いれば、幼い人の子の魂を抜くことなど、一瞬のことだ。葛葉の命は、今、大神に握られている。
 だが、葛葉は、大神を危険なものとして認識しているどころか、親しい友達にでも接するように無邪気に笑いかける。
 それに対して大神は――。
 忌々しげに葛葉を睨んでいるものの、その気は落ち着いている。先ほど見せた、憎悪の片鱗すら感じられない。
「父様っ」
 おおかみに襟元を掴まれたまま、葛葉は器用に首を捻り、明信を振り返った。
「おおかみさんと、木の実採って来るの。母様に楽しみにしてて、ゆっといてね」
『俺様は、行くなんて一言も――』
「おおかみさん、急がないと、鳥さんに全部食べられちゃうよ」
 浮いた足をばたつかせ、葛葉は大神を急かす。
 大神は疲れたように息を吐き、葛葉を放した。自由を取り戻した葛葉はすかさず、大神の手を掴むと引っ張る。
「急ぐ!」
『…………』
 再度の溜息は、諦めか。大神は引かれるまま歩を進めだす。
「国津神の大神様」
 去りゆく背を、明信は慌てて引きとめた。大神が振り返り、一瞥する。
 明信はその視線に負けぬように、真っ直ぐ見返すと、
「……息子を、葛葉をよろしくお願いします」
 下がった頭。葛葉は不思議そうに父親を見る。
『勘違いするな、俺様は』
「どうか、その子の味方でいてあげてください」
 変わりゆく時代。それに否を唱えるつもりはない。人は変わる力を持っているからこそ、繁栄してきた。だが、その繁栄ゆえに失ったものも多い。
 土御門が、符宮が抱く過去の遺産。それはこの先、生きていくのに大きな障害になっていく。幼い葛葉もやがて知るだろう。自分のその他の違いに。そのときに、ただ一人でも、その力を肯定し、許しを与えてくれるものがいるならば、きっと葛葉も救われる。
 大神は無言で、希う明信を見つめている。地面を向く明信にはその表情を窺うことができず。
「おおかみさん、早くぅ」
 焦れたように葛葉が声を上げる。
 恐れを抱くことなく、無垢の眼差しで大神を捉える。
 その幼い眼が、人の悪意によって穢されてしまわないように。
 大神は鼻を鳴らした。
『俺様の知ったことではない』
 それは拒否の言葉だったが、大神が小さな手を振り解くことはなく。
 人間に憎悪を向ける国津神。それが葛葉に対してはその矛先を向けていない。それは、葛葉の中にある人ならざるモノの血がそうさせるのか。
 何にせよ、大神が葛葉を傷つけることはないだろう。明信はそう判断した。
「葛葉。父様は家に戻るが、日が暮れるまでには帰ってくるんだぞ」
「はーい!」
 元気良く返事を返す葛葉。
 大神は渋々と言った様子で葛葉に付き合う。
 本当に嫌ならば、姿を消して葛葉の追いついて来られないところに逃げてしまえばいいだけだろうに。
 明信は手を振って息子を見送る。その姿が見えなくなったあと、足早に家へと向かって歩き出す。
 その表情は険しい。
 国津神。天津神によって地を追われ、力を奪われた古き神。
 どういう経緯で葛葉が大神と知り合ったかは分からないが、少なくとも大神は葛葉に敵意を抱いていないのは確かだ。確かではあるが、大神が人間に対して憎悪を抱いていることもまた事実。
 負の感情は神を堕とさせる。堕ちた神は祟れるものとなって、穢れを放つ。それは大地を穢し、世を乱すものとなる。
 見逃すことはできない。土御門家最後の当主として、なにより、一人の術者として、見ない振りをすることはできない。危険な存在を放置することは、後々、恐るべき事態を引き起こす。
 だが、とも思う。
 あの神は、長いときを堕ちることなく生きてきた。この先も、堕ちることなく生きていくかもしれない。ならば、明信の考えることは意味がないどころか、大神の憎悪に拍車を掛けるだけになるかもしれない。
 何もしないことが一番良いことなのか。
 しかし、もしも。もしも、この先、あの神が堕ちることとなったら?
 そのとき、誰がそれを止めると言うのか。
「……まさかっ」
 明信は不意に思い出した。
 葛葉が生まれる前、水盤で見た未来。

 星が落ちた日。

 あれが意図していたのは――。

 血の祖にいたという人ならざるモノの血を濃く継ぐ葛葉。
 遠きいにしえより生きたる、地を追われた国津神の大神。
 その出会いは偶然ではなく、必然だとしたら。

 明信は足を止め、後ろを振り返る。
 茂る木々。葛葉と大神の姿が見えるはずもなく。
 出会いが必然だとするなら、その目的はただ一つ。
 明信は祈るように目を閉じた。
 幼き子。まだ四つになったばかりの幼い子。その未来に待ち受けるのは異端と言う能力による偏見の眼差しだけなのか。
 たった一人の幼い息子。愛しい息子。
 守らなければ、たった一人の息子を、父親として守らなければ。
「……私にできることは」
 父親として、陰陽師の末裔として、できることは。
 明信は決意する。いつか、そのときが来るというならば、それが必然だとするならば、そのときが来たときに少しでも息子の助けになるように。


 明信が山の中に大神を封じるために塚を作っていたことを、葛葉が知るのは明信が亡くなる直前だった。
 その塚が、後に葛葉と大神、そして百年余り後の未来にまで影響を及ぼすこととなるのは、また先の話である。




H20.12.18





←明治陰陽記伝TOP
←陰陽記伝TOP
←PLUMERIA_TOP