『あとは任せた』
貴方が残した最後の言葉。無慈悲で優しい貴方の言葉。
それが、この身を動かし続ける。
風が鳴る。
ざわめきと揺らめきを乗せ、空を舞い、地上に降っては木々を揺らめかす。枝が大きく左右に振れては、互いに叩き合い、それはまるで不調和な合奏のごとく。
山間にある小さな集落。
数十もの家々が密集し、その周りを囲むように畑が作られている。
山は暖色系に染まり、畑の実りも豊富だ。都市部と違い、農業で生計を立てるこの地では、大地の実りは生活の豊かさと比例する。熟れた果実が収穫を今か今かと待ちわびていた。
空は秋晴れ。雲は遠く、カラリとした陽気を提供している。夏の名残は微かに感じられるものの、風は僅かに冷気を帯びているようだ。
――果たして、それは本当に冷気なのか。
まだまだ、日が高い時間。いつもならば、畑仕事に精を出しているはずの老夫婦の姿が見えない。甲高く鳴き声をあげながら、山々を抜ける鳥の姿がない。
それだけではなかった。
集落に一つだけある学校。人数が少ないとは言え、子供がいれば騒がしいものだが、今日に限って静か過ぎる程、静まり返っていた。教室のどこを見渡しても子供の姿はおろか、教師の姿さえ垣間見えない。
家の門の傍に繋がれているはずの犬の姿もない。台所には昼時を前に調理途中の食材が半ば切られた状態で放置されていた。
塀の上で寝転んでいるはずの猫の姿も、草むらで飛び跳ねている虫の姿も、群れて飛ぶスズメの姿も――。
異常なほどの静寂が満ちていた。
生き物の気配は全く感じられない。いつもと変わらぬ景色なのに、その中に動くものが存在しない。ただ冷ややかな風が木々を揺らすだけ。葉擦れの音だけが小波のように静かに響く。
現実としてそこにあるのに、まるで虚構のような。現実味のない世界が広がっていた。
なんらかの事件が起こったのか。それにしては、事切れた遺体も、赤黒い染みも見当たることはない。普段と変わりない日常が横たわっている。ただ、本来いるはずの生き物の姿が一切ないだけ。
風が鳴る。
笛の音のように甲高く。風が鳴り響く。
何かの悲鳴のように、空高く鳴り響く。
「ふむ……こんなもので良いか」
風が途絶えた。唐突に音が失せた。
家々の間にある、アスファルトが敷かれた道。そこに佇む影。
最初からそこにいたのか、それとも風が運んできたのか。
いつの間にか現れ出た影は、小さな身体を揺する。
「問題はないようだの」
しわがれた老人のような声。
影は探るように視線をさ迷わせる。
「さて、次に行くかの」
動いた視線が空に上げられる。
再び、風が吹いた。風は影を揺さぶり、そして――。
影はそこから消えた。
ほら、動き出す。まだ誰も気付かない。
でも、知っている。何かが変わりつつあることに。
宴はもう始まっている。
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