時は平安、魑魅魍魎が闇に潜み、跋扈する時代。
桓武天皇が築き上げた平安京の一邸での出来事。
膝の上に白猫を乗せ、毛の間をすくように撫でる。猫は喉を鳴らし、主人の愛撫に応えた。
涼やかな風が頬を撫で、髪を舞わせる。
陰陽寮に属する天文生である晴明は自身の屋敷で寛いでいた。室内を照らす燭台の灯りが、母譲りの美貌の顔に濃い影を作り出す。
日の神は沈んだが、天上には細い夜の光が瞬いている。弧を描く銀色を眺めながら、思考はどこか遠く、晴明はなにやら考え込んでいるようだった。眼差しは真剣で、映す視界の先は朧。何を見ているのかさえ定かではない。
晴明がこうして、物思いに耽ることは珍しくはない。だが、何を考えているのか、その縁を覗くことは適わない。
傍に控える式神たちは黙ってそれを見守る。声を掛けたりはしない。そんなことをすれば、主人の機嫌が悪くなることを良く知っている。
天清は主人を窺いながら、室内を整える。床の準備はできているから、いつ寝ると言い出しても問題はない。
静かな夜だった。強力な結界が施された安倍邸には、虫一匹も忍び込むことはできない。
生き物の気配の遠い邸内。式神を除けば、息をしているものは屋敷の主人である晴明だけ。生きるもの全てを拒絶する屋敷。
この静かな環境を望んだのは他でもなく晴明自身だ。
「……ふむ」
空気が揺らいだ。静寂を作り出した主は呆気なくそれを壊す。
「天清」
柔らかな声に喚ばれて、天清はすぐさま晴明の傍に寄った。
「なんでしょう」
寝ると言い出すのか、それとも口を潤すものが欲しいのか。晴明が欲するものは、すぐさま出せるようにしてある。
「後ろを向け」
「はい?」
天清は目を瞬かせた。何か言いつけられるものだと思っていたのだが、主人の言葉は思わぬものだった。
「後ろを向けと言っている」
「……はい」
疑問に思うものの、逆らう理由もなく、天清は晴明に背を向けて座りなおした。
晴明はじっとその背を見つめていたが、
「刹影」
声に誘われて、部屋の隅に刹影が現れる。刹影は黙って主人に対し平伏する。晴明は、つい、と扇で刹影を指し示し、
「背を向けろ」
理由も告げずに命じれば、刹影は疑問の表情を浮かべることもなく、晴明に背を向けて見せた。
並んだ、蒼い頭と緑の頭。
晴明は観察するように二人を見つめる。
「凰扇」
几帳が音を立てて揺れた。次の瞬間には、また新たな人影が現れる。
「喚んだかよ、晴明。……って、東のと北のは何してんだい?」
主人に背を向けて座る仲間に、凰扇は首を傾げた。
「凰扇、背を向けて座れ」
「はぁ?」
「はぁ、ではない。さっさと座れ」
閉じた扇で晴明は床を叩く。
全く意味が分からなかったが、下手に反論すれば機嫌を損なうだけ。凰扇は渋々言われたとおりに晴明に背を向けて座った。
晴明は並んだ三つの頭を眺める。その表情はいつなく真剣だ。
一方、天清と凰扇は首を傾げるばかり。夕食後、晴明の機嫌は悪くはなかったし、今日は目をつけられるようなへまはしていない。
それに、背を向けよとは、意味の分からない指示だ。
「やはり」
晴明は息をついた。
なにが、やはりなのか。式たちは晴明の動向を窺う。
「もう、良い」
言われて、式神たちは晴明の方に向き直る。晴明は扇を開き、口元を覆い隠した。
「ときに、天清」
穏やかな眼差しが天清に注がれる。
「なぜ、お前の頭には尾がついているのか?」
心底、不思議そうに晴明は問いた。その一言で、集った式神たちは晴明の行動の意味を理解する。
「なぜ、と言われましても」
「刹影と凰扇は完璧な人型を取っている。なぜお前だけ、半魚人なのだ?」
汐毘は猫の姿を取っているが、他の三体の式神たちは人型を取る。しかし、髪や目の色を別にしても、天清だけはなぜか一部に本性の形を残している。
それが不思議で、ずっと考え込んでいたのだろう。
「半魚人ではなく、半龍人ではないかのぉ」
「どちらも大差ない」
晴明の膝の上で丸くなっていた汐毘が、顔を上げて告げれば、晴明は素っ気無く返した。
天清の蒼い髪。そこから伸びる鱗がついた尾は、龍尾。
「なんだい、いきなり」
天清の後頭部に龍尾があるのは、今に始まったことではない。晴明の式として下った頃からずっとある。それを今になって問うとは。
「少し、気になったまで。それで、なぜか?」
問われて天清は困惑する。
「そう言われましても、この形態が一番安定しているんですよ」
「……そもそも、その尾は本当に龍尾なのか?」
「我が主、私は青龍ですよ。ですから……」
「天清」
艶やかな笑みが扇の内側で形作られるのを感じ取った。天清は、己の失言に気がつく。晴明は、「主」と呼ばれるのを嫌っている。わかっているのに、ついつい呼んでしまうのは式神としての性か。
「いえ、あの……晴明。私は青龍ですから」
「その尾。もしや、飾りではないな?」
黒瞳の奥が煌いたのを見た。面白いことを思いついたと、その目が語る。天清は、身体を強張らせた。
「刹影」
晴明が一言呼べば、その意図を察した刹影はすかさず天清の背後に回りこみ、その身体を羽交い絞めにした。逃げられないように、しっかりと押さえ込む。
「えっ! げ、玄武殿?」
「凰扇」
仲間の突然の行動に唖然としていた凰扇は、晴明に視線を向ける。
「天清の尾を引っ張ってみろ」
「えっ! ちょ、晴明!」
「飾りなら、引っ張れば取れるかもしれん」
「我がある……晴明!」
天清が悲鳴じみた声を上げた。手足を動かして、拘束を解こうとするが全く歯が立たない。
「でも……」
躊躇う凰扇に、晴明は微笑みかけた。
「真実は追究するものだ」
こんな真実は追究しなくても――とは思ったが、忠実な式神たちが反論することはなかった。言ったところで晴明の意思を返られるとは思えない。
「東の、ごめん」
「朱の君ぃ」
謝罪しながらも、凰扇は天清の尾を掴んだ。天清は頭を振ってそれから逃れようとするが、刹影にがっちりと頭を押さえ込まれる。
「いくぞ」
凰扇は言葉と同時に力いっぱい、天清の尾を引っ張った。
――安倍邸内に悲鳴が轟いたのは直後だった。
凰扇の加減の知らない馬鹿力で尾を引っ張られた天清は、苦悶の表情を浮かべたまま床に沈む。凰扇がひたすら謝罪の言葉を繰り返し、刹影は何事もなかったかのように、晴明の傍に控える。
晴明は目の前で広げられた惨劇を、冷静な眼差しで観察していた。
「ふむ。飾りではないことは証明されたようだな」
証明もなにも、飾りではないことは明らか。分かっていてやるとは、人が悪すぎる。
手を後頭部に回し、尾を押さえて呻く天清。あまりの哀れさに、汐毘が首を振った。
「しかし、それが龍尾だとするのなら、帝に献上したら喜ばれることは間違いない」
囁くような独り言だったが、それははっきりと室内に響き渡った。
天清はびくり、と身体を震わせる。
「それは冗談かのぉ?」
顔を上げて汐毘が問う。
古くより、龍の肉を食せば不老不死になれるという話はある。それが本当かどうか、四神たちにも分からない。だが、帝に献上すると言ったのはその話が晴明の頭の中にあったからだろう。
「この安倍晴明が冗談などを口にすると?」
「なるほどのぉ」
汐毘は小さく身体を震わせた。その言葉の裏を、汐毘は素早く読み取った。
「あの、我が……晴明」
恐る恐る、天清が主人を窺う。その顔に僅かながらの怯えを見つけて、晴明は指先で天清を招いた。
次は何をされるかと、戦きながらも天清は主人の招きに応じて、傍に寄る。
晴明は扇を閉じると、手を伸ばした。天清の髪の一房を掴むと自分の方に引き寄せる。
髪を引っ張られ、痛みに顔を歪める天清に、晴明は細い呼気と共に言葉を吐き出した。
「何を恐れる?」
「せ、晴明っ」
「帝にやっても良いが、お前がいなくなると色々と困る」
だから、献上することは諦めよう、と嘯く。素直ではない主人の言葉に、汐毘はひっそりと笑みを零し、天清は呆然とする。
「しかしだ」
天清の髪から手を離すと、晴明は再び、口元を扇で隠した。
「龍というからには、どこかに逆鱗があるのではないか?」
晴明の興味は、まだ龍尾に向けられているようだ。逆鱗は本来、龍の首下や胸元にあると言われているが、人型を取る以上、それが尾に移っていてもおかしくはない。
「あのですね、晴明」
「今度は引っ張るようなことはしない。逆鱗を探すだけだ」
刹影と凰扇に探すように命じる。天清はもう逆らう気も起きなかった。
こうなれば、晴明が満足するまで付き合うしかない。先ほどとは違って、鱗の表面のくすぐったさに耐えれば良いだけ。何もなければ、それで終わりだ。
刹影と凰扇が天清の龍尾を探る。刹影は黙々と鱗の一枚一枚を確認し、凰扇は髪が邪魔にならないように押さえる。
どれほど、そうしていただろうか。不意に、刹影が顔を上げた。
「晴明殿」
晴明は軽く目を見張り、汐毘を抱きかかえると立ち上がる。そして、刹影の手元を覗き込んだ。
均一に並んだ龍の鱗。その中で一枚だけ逆向きの鱗があった。
「ほぉ、まさか本当にあるとは」
「えっ、えっ、なんです?」
自分の後頭部を覗き込むわけにも行かず、天清が不安そうに声を上げる。
「ふむ」
天清の問いに答えることなく、晴明は扇を懐に仕舞いこむと、指先を逆鱗へと伸ばす。
「晴明っ!」
汐毘が慌てて諌めようとするが、晴明の指先が逆鱗に触れるほうが早かった。
「あっ!」
天清の口から音が漏れた瞬間だった。その身体は蒼い光に包まれた。
春の空を思わせる真っ青な鱗が夜空に浮かび上がる。細く線を描いたような身体が天へと高く舞い上がる。
宙をゆくのは蒼い龍。暗い闇と、蒼白い光が幻想的な風景を作り上げていた。
だが、その身がある程度の高さまで来ると、何かに阻まれるようにそれ以上、上に昇ることは適わない。それに苛立ったように、龍は雄叫びを上げる。
「逆鱗に触れるとこうなるのか」
「感心している場合ではないぞ」
逆鱗に触れられ、我を失った天清は龍の姿へと変貌し、屋敷の屋根を破って空に舞い上がった。咄嗟に、刹影が守ったおかげで、晴明には傷一つない。
壊れた屋根の内側から空を見上げながら、晴明は感嘆したように頷いた。四神を式に下して数年経つが、天清の本性を目にしたのは最初の一度きり。物珍しい視線を向けるのは当然だ。
天清は幾度となく、空に向かって突進するが一向に、高く飛び上がることができない。
安倍邸に張られた結界に阻まれているのだろう。
「晴明。このままじゃ、東のが結界を壊しちまうぞ」
東の青龍である天清が、結界を破るのは時間の問題だ。
「どうやって鎮めるか」
「生憎、わしらも逆鱗に触れた龍の鎮め方まで知らんのぉ」
問われる前に、汐毘が答える。汐毘が知らないくらいなら、凰扇と刹影も知るわけがない。
「さて、どうするか」
晴明は楽しげに笑んだ。
今の天清には、主人である晴明の見分けもつくまい。下手なことをすれば、その怒りを被ることになるのは間違いない。
晴明は汐毘を下に降ろすと、中庭へと向かう。その後を残った四神たちがついていく。
天を見上げれば、身体をくねらせながら結界を破ろうとする天清の姿。
「天清」
晴明は喚ぶ。四神の一体、青龍に与えた名を。名の形をした呪を唱える。
龍の動きが一瞬止まる。たとえ、我を失っていようと、天清が晴明の式で名に縛られていることには変わりはない。
「天清、来い」
青龍は甲高く鳴き声を上げた。大きく身体を旋回させると、垂直に降りてくる。大きく開けられた口が真っ赤な色を宿しているのが見えた。
鋭く尖った牙で晴明を引き裂こうと落ちてくる。
「晴明っ!」
「晴明殿」
「っ晴明」
飛び出しかけた三体を、晴明は一瞥する。来るな、と視線で命じられ、反射的に三体は足を止める。その間に、青龍は晴明に迫る。
晴明は、天清に視線を戻すと、
「主人に牙を向けるとは……仕置きが必要なようだな」
口元に弧が描かれる。
手にしていた扇を閉じ、それを迫る天清に向けて投げつける。投げられた扇は狙い違わずに天清の眉間を打ち――。
「 」
吐かれたのは言霊。主人と式神を結ぶ、絶対の言葉。
眩いばかりの蒼い光が、天清と晴明の姿を覆い隠し、視界を白く染め上げた。
地面の上に落ちていた扇を拾い上げ、服の裾で汚れを拭う。それから、思い出したように視線を横にずらした。
蒼い髪が大地に広がっている。ぐったりと地に伏した天清が動くことはない。
「東のっ」
凰扇が天清に近付き、その身を起こす。気を失っているだけのようだ。
「凰扇、天清をどこかの部屋に運んでおけ。刹影、日が昇るまでに屋根を直しておけ」
素っ気無く告げると、晴明は足早にその場を去る。
寝所の屋根が破壊されたせいで、今夜はそこで寝るのは不可能だ。だが、安倍邸内には客人用の部屋もある。今夜はそこで寝ればいいだけのこと。
「ちょっと、待てよ、晴明!」
去ろうとした背中を、凰扇が引き止める。
「てめぇが引き起こした事態だろう。さっさと逃げるんじゃねぇ」
「逃げるとは人聞きの悪い。もう夜分遅くゆえに、眠るだけ」
「それを逃げるって言うんだっ!」
「おやおや、言葉の意味が判らないのか?」
晴明が余計なことをしたせいで、天清が我を忘れることとなった。それなのに、後を任せて、さっさと下がってしまうとはどういった了見か。
凰扇は拳を震わせるが、それ以上、言い返さずに天清を抱き起こす。何を言っても無駄と判断したのだろう。
晴明は式神たちに背を向けて歩き出す。その後ろを汐毘が追う。
客人用の一室に入り込んだ晴明は、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
吐いた息は荒く、唇は青くなっている。顔は蒼白。細い月のおかげで、凰扇に顔色の悪さを気付かせることはなかった。
「……晴明」
御簾の間から入って来た汐毘が主人を窺う。
「無理をなさんな」
「……この程度、なんでもない」
汐毘は冷えた主人の身体を温めるように、毛皮を擦り付けた。晴明は汐毘を抱き上げ、その毛皮に顔を埋める。
龍となり、我を失った天清に掛けた言霊は威力を発揮した。主人と式神を繋ぐ力。それが、晴明に襲い掛かろうとした天清を抑えた。
その言霊は天清の身に負荷を掛けるもの。そして、式神の受ける負荷は主人にも返ってくる。ましてや、天清は四神。その力は半端ではなく、受ける負荷も強大。
人の身である晴明には少々きついもの。
弱っているところを見られるのを晴明は嫌う。だからと言って、己の式神にも悟られないように振舞おうとするとは、あまりにも強情だと、汐毘は思う。
「辛いなら辛いと申せば言いのにのぉ」
「…………」
汐毘の呟きに答えることはなく、晴明は力なく毛皮を抱きしめる。
晴明の仕打ちに凰扇は腹を立てているだろう。そして、目を覚ました天清もまた、主人が自分を放って寝てしまったと聞き嘆くだろう。
それこそ、晴明の狙いだ。
天清を止めるために、晴明が負荷を受けたと知れば、止めなかった自分自身を凰扇は責める。ましてや、天清が受ける衝撃は想像に難くはない。
だから、晴明は自分が恨まれ、憎まれる方を選ぶ。自分のせいで厄介なことになったと分かっているから。
傲慢で、自己中心的で、我が儘で。どこまでも身勝手なこの人間は、素直になれない哀れな人。たった一言、「すまん」も「ありがとう」も言葉に出来ない不器用な人。
「のぉ、晴明」
きっと、死んでもその性は治らないに違いない。
汐毘は喉を鳴らし、白い身体を震わせた。
「あの、我が主は?」
窺うように顔を覗かせた天清に、汐毘はひっそりと笑みを零した。
「晴明は、まだ寝ている」
「そうですか」
晴明はあのまま客用に一室で眠りについた。
命じられたとおり、寝所は夜が開ける前には何事もなかったかのように戻され、天清も日が昇るころには目を覚ました。
自分のしでかしたことと、晴明の仕打ちを凰扇から聞いた天清は嘆きながらも、主人の顔色を窺いにきた。
「疲れているようだからのぉ」
苛んだ負荷は、晴明の体力と気力を消耗させた。眠る事こそ、最良の治療方法だ。
「あの、虎の上殿……我が主は、なにかおっしゃっていましたか?」
「なに、というと?」
「その……昨夜のことです」
我を失っていたとはいえ、晴明に襲い掛かったのは事実。そのことを晴明は怒っているのではないか。
汐毘は虹色に輝く目で天清を見上げると、
「御膳を……」
「はい?」
「東の王の作る御膳は美味しいと言ってたのぉ」
「…………」
「起きた時には腹をすかせていよう」
だから、今から食事の用意をしておいた方が良いだろう。
汐毘の言葉に天清は目を見張る。汐毘は尾を大きく振る。
暫く、間があったが、天清はその意味を悟り、汐毘に対して頭を下げた。
衣の裾を翻し、慌しく天清は厨へと向かう。主人の舌を満足させられるような御膳を作るために。
薄暗い室内。汐毘は主人へと近付いていく。
「余計なことを」
吐き出された言葉は、寝床から聞こえた。
「起きてたかのぉ」
長く艶やかな黒髪のあとに、二つの双眸が除く。床から起き上がった晴明は寝乱れた髪を掻き上げた。汐毘は当然のごとく、その膝へと上がっていく。
「後々、なにかと言われるよりは、この方が良いかと思ったのだが」
余計な世話だったか、と呟く汐毘の背を晴明は撫でる。
「東の王も、鳳の君も昨夜のことはあれだけと思っておる」
晴明が負荷に苦しんだことを二体は知らない。おそらく、刹影は察しているが、わざわざ二体に話したりはしない。
「それにしても、なぜにあんな問いを?」
事の発端は、晴明が天清の後頭部の尾を気にしだしたことから始まった。急にそんなことを言い出したのは、なにかわけがあるのでは。
晴明は、ふっと息を漏らした。
「力が足りていないのかと思ってな」
「……力、とは?」
少し間があった。晴明は小さく首を振り、
「お前たちに十分に力を分け与えられていないのではと」
「…………」
「もっとも、そうではなかったようだが」
式神の力は主人の力に比例する。天清が完全な人型を取らないのは、晴明の力が足りないから。足りないゆえに、天清は半端な人型をとっているのではないか。
「東の王の場合はのぉ、あれはあれで一種の仕様のようなもの。望めば、東の王も完全な人型をとることは出来よう」
それをしないのは、天清自身が無意識に、そうしているからに他ならない。
「人間が人間の全てを知り得ていないように、わしらもわしらの全てを知り得ているわけではないからのぉ」
なぜと疑問を持ち始めたらきりがない。
晴明はその言葉に頷いた。
「しかと、覚えておこう」
その後、天清が晴明の機嫌を取るために、朝食とは思えない量の食事を出し、散々嫌味を言われることになるのは、また別の話。
H20.11.24
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