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短編小説
三師人  History repeats itself


女神は「盾」を壊すとのこと
 ブクリエーム王国には、建国にまつわる伝説がある。
 かつて、小さな部族が幾つも集まっていたこの地は、度々戦の火の手が上がっていた。
多くの人が死に、一つの部族が滅んでは、新たな部族が生まれる。そんなことを長いこと繰り返していた。
 それを憂いたのが、創造神の娘コーデリハイムだった。
 彼女はこの地に生えるセイムの花から生まれた女神だった。愛する大地が血で穢れることを誰よりも悲しんでいた彼女は、ある部族の長であるアンセルムという青年に力を与え、この地の部族を一つに纏めるように促した。
 アンセルムはコーデリハイムの期待に応え、部族を纏めて、ブクリエーム王国を興した。そして、彼はこの国の最初の王となった。
 アンセルムはコーデリハイムに、セイムの花が咲き続ける限り、この国に血を流させたりしないことを子孫共々誓ったという。
 一方、建国の裏では、若き王、アンセルムと美しき女神コーデリハイムは恋に落ち、二人は永久の愛を誓い合っていた。
 だが、神と人の愛は許されるものではない。創造神は怒り狂い、ブクリエーム王国を滅しようとした。
 愛しき人を守るため、愛する大地を守るため、コーデリハイムは自らの身を盾に変え、その身で父神の怒りを受け止めた結果、三つに砕け散った。深く悲しんだアンセルムに創造神は言った。
「我が娘が愛したお前を許すことはできないが、我が娘が愛した国は私も愛そう」
 創造神は三つの盾に砕け散った我が娘を示すと、
「お前が我が娘に誓ったように、私も誓おう。この国に盾がある限り、誰であれ、この国の大地を荒らすことはできない。三つの盾が、この国をありとあらゆるものから守るだろう」
 その言葉と同時に、三つの盾の裏に、名前が刻まれた。
「それは盾の名だ。この国を守る盾だ」
 盾に刻まれた三人の人物の名。アンセルムはその三人を王国の中から探し出し、彼らをこの国の「盾」として城に迎え入れた。
 一人は、この国でもっとも腕の良い剣士。
 一人は、この国でもっとも強大な魔術師。
 一人は、この国でもっとも優秀な魔銃士。
 彼らは、剣師、魔師、銃師と呼ばれ、この国を守る盾となった。
 盾は「三師人」と称され、彼らの一人が欠けたとき、あるいは、彼らの力が弱まったとき、盾は新たな盾の名を刻む。
 強国に囲まれながら、ブクリエーム王国は「盾」に守られているゆえに、その国土を侵されることは一度たりともなかった。

自己犠牲の女神が残した盾は、小さな王国を守る力となった。
 盾に選ばれた三人の生贄は、己の未来を、命を犠牲にして国を守る。
 それはまるで、盾となった女神の意志を継ぐように。
 だが、盾は盾でありながら、やはり人間であることを――盾自身さえ理解していなかった。


 こつん、こつん、と。
しん、と静まった空間に単調な足音が生まれる。
 盆を持ったその人物は、手元を揺らさないように慎重に足を動かしていた。
 丸い黒の盆の上に、紅茶のポットとティーカップを二つ。型から出したばかりのシフォンケーキには生クリームを添えて、花柄の皿の上に飾っていた。
 石造りの螺旋の階段の途中、窓の向こうの切り取られた空は青暗色。
東の空から浮かび上がった星が、まるで散りばめられたガラス片のように、きらきらと光を放っていた。
 白いローブの裾が階段に擦れて、黒く汚れていく。
ローブには、金と銀の刺繍糸で蝶と翼の広げた鳥が描かれていた。相当高価な品物であることは一目瞭然だったが、汚れを気にする様子はない。
螺旋階段の下には、暗闇の中、ともした松明が遠く揺らめいていた。
それ以外の明かりは窓から差し込む星の滴のみ。それさえも微かで、足下を照らすのに十分とは言えなかった。
 螺旋階段には手摺りも柵もない。
石壁の内側に、遠慮がちに階段が続くだけ。一歩、足を踏み外せば、そのまま最下層まで落下する。だが、螺旋階段をのぼる足には、迷いも恐れもなかった。
 長い螺旋階段をのぼっていけば、小さな小部屋が一つ。鉄の扉は大きな錠で塞がれていた。
 両手で慎重に掴んでいた盆の重心を片手に持ち変え、空いた手で、錠に触れれば、乾いた音を立て、錠は外れた。
 重たい鉄の扉を押し開く。並んだ二つのカップがぶつかり合い、小さな音を奏でた。
「お待たせ、オルディネ。お茶の時間だよ」
 小部屋には、窓はなかった。天井に小さな通気用の穴が空いているだけだった。だが、小部屋の中には光があふれていた。
 光を放つ丸い玉が天井の辺りを、円を描きながら浮かび、途切れることのない光を提供している。
 小部屋の中には大きな飴色の檻があった。
檻の内部は冷たい石の床を遮るように、柔らかな絨毯が敷き詰められており、小さなベッドと、机と椅子に本の敷き詰められた本棚が置かれている。
 鉄の扉を閉めると、盆を両手で支えながら、檻へと近づいていく。
「今日はオルディネの好きなシナモンのシフォンだよ」
 檻に盆の先が触れる直前、飴色の柵は溶けるように歪み、人一人、通れるほどの穴を作った。
 穴は、その体が檻の中に入るや否や、また元の姿に戻る。
 盆を机の上に置き、ポットの中身を二つのカップに注ぐ。
柔らかな湯気に煽られて茶葉の芳香が広がる。その様子を檻の内側に閉じこめられた人物は、ベッドに腰をかけながら眺めていた。
 ベッドに座っていたのは、五、六歳ほどに見える女の子だった。
 肩を過ぎたほどに伸ばされた黒褐色髪には、赤い宝石をあしらった髪飾りをつけていた。
白いフリルのついたドレスには大粒の真珠が縫い込まれており、さらには金銀の刺繍で蔓草と羽の模様が描かれていた。
「フェアラーネ」
 オルディネと呼ばれた女の子は僅かにベッドから腰を浮かし、呼びかける。
カップに紅茶を注ぐ手を止めて、白いローブの人物は振り返った。
「なに?」
 頭をすっぽりと隠すように被ったフードの隙間から、無邪気な声が漏れる。オルディネは、小さく息を吐いた。
「いつまで、続けるつもり?」
 見た目からは想像できない大人びた冷静な言葉が吐き出される。
 ローブの人物は、ポットを机の上に置くと、体ごと向き直った。
「別に期限はないけど」
「フェアラーネ」
 オルディネは頭痛を堪えるように額を押さえた。
「どうしたの? 頭痛いの?」
 フェアラーネはベッドに座るオルディネの足下に膝をつき、心配そうに見上げる。演技ではない。本当に心配しているのだ。
「頭も痛くなるわ。こんなところに閉じこめられて」
「閉じこめられると困るの?」
「私は困らないわ」
 オルディネは顔をのぞき込み、小さなその腕で、フェアラーネの頭を抱き込んだ。
「でも、ほかの人が困るでしょう?」
「ほかの人なんか、僕には関係ないよ」
「それに、ゲドルドもきっと心配してるわ」
 オルディネがその名前を出した途端、フェアラーネはオルディネの腕から逃れるように距離を取った。
 フードが外れ、肌が外気に触れる。
肩口で切りそろえられた黒褐色の髪が露わになり、拗ねたような表情で、再びカップに紅茶を注ぎ始める。歳の頃は二十半ばほどか。その言動が、実年齢よりも幼く見せていた。
 オルディネは困ったように眉を寄せた。
 オルディネとフェアラーネの容貌は良く似ていた。
同じ黒褐色の髪と瞳。十数年の成長の後には、オルディネは今のフェアラーネと同じ顔になっているのではないかと思わせるほどの相似があった。
「オルディネは、僕といるよりもゲドルドと一緒にいるほうが良いんだ」
 ポットを机の上に置き、温かな湯気を放つカップを見つめながら呟く。
 茶色い液体の表面に、見慣れた自分の顔が情けない表情を浮かべていた。
「そんなことないわ」
 オルディネは絨毯の敷かれた床に足を降ろし、俯く大きな背中に近づく。
「私にとって、フェアラーネも、ゲドルドも大事な存在なのよ」
 だって、私たちは仲間でしょう。優しく告げるオルディネに、フェアラーネは小さく口元を歪めた。
 小さな女の子の手が慰めるように、フェアラーネの背中を撫でる。
「ゲドルドのこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ」
 フェアラーネは体を反転させ、自分の腹ほどにしかないオルディネに視線を下ろす。
「ゲドルドのことは好きだよ」
 だって、仲間だから。しゃがみ込んで、オルディネと視線を合わせて言えば、オルディネは安心したように微笑んだ。
「でも、オルディネは特別なんだよ。だって、オルディネは僕の」
 ぐらり、と足下が揺れた。
カップの中身がこぼれ、盆の上に広がる。揺れたのは、螺旋階段を抱く、この建物そのもの。
「来たね」
 フェアラーネは立ち上がり、閉ざされた鉄の扉に視線を向ける。
「行ってくるよ」
「フェアラーネ」
 身を翻したその背に、オルディネが声をかける。
「遊ぶのは構わないわ。でも怪我をするようなことは」
「大丈夫だよ」
 不安を解消させるように笑んでみせる。
「僕がそんなへましたことある?」
「ないわ」
「だから、大丈夫だよ」
 自信に満ちたその顔に、オルディネは頷く。
「戻ってきたら、お茶にしようね」
 フェアラーネは腕を顔の前に翳す。次の瞬間、フェアラーネの姿は小部屋から消え失せた。


「オルディネっ! オルディネ、どこだ」
 がらん、とした石壁の空間に声が反響する。
本来、厳重に鍵がかけられていた扉があった場所は爆発物でも使ったかのように大きな穴が空いていた。
 その穴から侵入した人物は、声を張り上げ、求める人影を探す。
 金色の髪が、穴から吹きこんだ風にあおられ、一瞬その視界を隠した。髪と同じ色の瞳が注意深く闇を見つめる。
 その男は、白を基調にした鎧を身に纏い、両の手で剣を構えていた。
鎧の表面には、金と銀のペイントで木の葉と翼を閉じた鳥が描き込まれていた。
 男は、壁をなぞるように設置された螺旋階段を見つけると、それに足をかける。
「オルディネっ!」
 声は高く反響する。すると、
「そんなに大声を出さなくたって聞こえてるってば」
 登った螺旋階段の先、白いローブが、はためいていた。
 行く手を遮るように姿を現したフェアラーネは、うるさいとでも言うように、両手で耳を塞ぐ仕草をする。
 その姿を見つけて、男はほっとしたように息を吐いた。
「やっと当たりか」
「もしかして、あっちこっち探し回ってたの? ヒントを残していってあげたでしょう?」
「こんなの分かるか!」
 男は懐を探り、一枚の紙を見せつける。
そこには鮮やかな色で絵らしきものが描かれていた。
「ゲドルドは、読解力ないね」
「フェアラーネ。お前には絵心がない」
 言いながら、男――ゲドルドは捨て去ることをせずに、律儀にも絵を仕舞い込む。
「オルディネは?」
「この上だよ」
 指で頭上を指し示す。
「全く、お前は毎回毎回」
 呟きながら、ゲドルドは、螺旋階段を登り始めたが、
「お疲れのところ悪いけどね」
「うわっ」
 フェアラーネが手を振った。途端に、ゲドルドの足下が崩れる。
 無様に落下することなく、壁をうまく蹴ってゲドルドは床に着地した。
「フェアラーネっ!」
「オルディネに会いたかったら、試練を乗り越えてもらわないとね」
 不敵な笑みを浮かべる。
「ヘンティル、出ておいで」
 呼び声に応えるように地響きが生まれた。
 石畳から黒い液体が染み出してくる。
それはやがて大きな塊へと変貌する。
 青い長い毛が石畳に広がった。大きな赤い目がぎょろぎょろ動き、ゲドルドを捉え、大きな黒い口が開き、赤い牙が露わになる。太い四肢が石畳を割り、棘のついた巨大なしっぽが虚空を裂く。背中には灰色の皮膜の翼が生えていた。
 魔法生物――ヘンティルは、巨大な口から威圧するような叫びを吐き出した。
「フェアラーネ、悪ふざけは」
「ヘンティルは、お腹が空いているみたいだよ」
 ゲドルドの言葉を遮って、フェアラーネは言う。
 その言葉を証明するように、巨大な口から涎を滴らせながら、魔法生物はゲドルドに近づいてくる。
 ゲドルドは舌打ちをすると、剣を構えた。
 ヘンティルは尾を振るい、ゲドルドに襲いかかる。
 フェアラーネは螺旋階段の上から、ゲドルドと自らが呼び出した魔法生物の争いを眺めていたが、やがて身を翻し、虚空へと身を投げ出す。
 フェアラーネの姿は闇にとけ込むように消えた。


 オルディネはベッドに腰をかけ、分厚い本に目を通していた。
階下の騒ぎは遠く、彼女の耳に届くことはない。
「オルディネ、お茶にしよう」
 音も立てずに扉を開いて室内に滑り込んできたフェアラーネの手には、新たな盆。オルディネは本から顔を上げた。
「ゲドルドは?」
「ヘンティルと遊んでいるよ」
 応えながら、ポットの紅茶を二羽の鳥が描かれたカップに注ぎ、それを手にオルディネに近づく。
「なにを読んでたの?」
「アーキの新国論よ」
 小さな手から本を受け取るのと引き替えに、カップを手渡す。フェアラーネは、ぱらぱらと本を捲った。
「国の改革ね」
「二年前、大きな戦争があったでしょう?」
 オルディネは紅茶に口を付けつつ、遠くを見るように細めた。
 その記憶はまだ新しい。なにせ、フェアラーネもオルディネも、ゲドルドもその戦に参加したのだから。
 国境にて敵国の進行を阻止したその功績は、今も名高い。
「どうして、戦争が起こったのかしら、と思って」
「そんなの決まってる」
 フェアラーネはオルディネの横に腰をかけ、自らと同じ色の髪に触れた。
「みんな、自分が一番になりたいんだよ」
「一番?」
 問いかけるような目に、フェアラーネは頷き返した。
「一番強くなりたい、一番に目立ちたい、一番のお金持ちになりたい、一番の権力者でいたい、一番愛されたい、一番、一番、一番」
 フェアラーネはそっとオルディネを抱き寄せた。
「フェアラーネ?」
「みんな、一番が良いんだ」
 僕も一番が良い。
小さな呟きは、口の中で消えた。
 オルディネは暫く、じっとしていたが、そっとフェアラーネの腕を掴むと、
「私の一番は、フェアラーネよ」
 柔らかに微笑んで告げる。
聞こえていない声が届いたのだろうか。
 その笑みにつられたように、フェアラーネはぎこちない笑みを返した。
 どこか不安そうなフェアラーネを宥めるように、オルディネは、腕を掴む力を強めた。
「僕の一番もオルディネだよ」
 昔からそうだったように、今も、これからも。これからも?
「だって、フェアラーネは」
「だって、オルディネは」
 これからも、ずっと。ずっと?
「私の双子の姉ですもの」
「僕の双子の妹だから」
 双子の声がそろい、二人は静かに笑った。
 何者も、二人の一番を揺るがすことはないのだと、これからも、ずっと、そうであると、願っていた。
 足下が揺らいだ。地鳴りのようなその音に、はっと顔をあげたフェアラーネはオルディネを庇うように腕を広げた。
 途端に、鉄の扉の横の壁が粉砕する。
 二人を囲む檻が衝撃で折れ曲がった。
 フェアラーネは、唇を震わせて呼気と共に術を放つ。
それは見えない障壁となって、飛び散る壁の破片から自らと双子の妹を守った。
「オルディネっ!」
 もうもうと立ちこめる土煙を割って、飛び込んできたのは、全身を土で汚したゲドルドだった。
「オルディネ、無事か」
「無事に決まっているでしょう」
 僕がオルディネに酷いことをするわけないじゃない。
 文句の声を上げれば、ゲドルドは視線を向けた。
「ヘンティルは?」
「下の階で眠ってるさ」
 ゲドルドの頬に赤い線が走っている。剣を右手で掴み、左腕を下ろしているところを見ると、無傷というわけではないらしい。
 それもそのはずだ。
ヘンティルは、ゲドルドの剣術パターンを収集し、それに対応できるように調整した魔法生物だ。易々とやられてしまったのでは、努力も水の泡になる。
「そう。次は、もうちょっと強くしてみるよ」
「あほか。お前の悪ふざけに、これ以上付き合っていられるか」
 ゲドルドは剣を構える。
剣術と魔術。
物理的なダメージを主流とする剣術にとって、ゼロ距離を無効にする魔術は厄介な相手だ。
 ましてや、フェアラーネは普通の魔術師とは格が違う。
「じゃあ、ラスボスは僕ってことで」
「ラスボス、てな」
 ゲドルドの抗議の声を無視して、フェアラーネは魔術を紡ぐ。その体の縁をなぞるように魔力が放出されていく。
「国の端まで、ぶっ飛んでよ」
「ちょっと、ま」
 白い光がゲドルドを包み込む。
ゲドルドの手が、足が、存在が霞んでいく。ゲドルドは駆け出すと、フェアラーネに向けて手を伸ばした。
「無駄だよ」
 足が薄れていく。
ゲドルドは膝をついた。存在がここから消えていく。
「フェアラーネ」
 ゲドルドの呻きにも似た呼びかけに、フェアラーネは小さく肩を震わせた。悲しげに口元が歪む。
「もうそこまでにしましょう、フェアラーネ」
 小さな影が、ゲドルドに近づいた。
 オルディネの小さな手が、ゲドルドの消えかけた体に触れる。
髪飾りの赤い宝石が光りだし、身につけていたドレスの真珠がきらめく。赤と白の光がオルディネの小さな体を飲み込んだ。
 それに伴い、ゲドルドの身体が戻ってくる。
 オルディネが両手を合わせると、手のひらに向けて光が収縮していく。やがて、白い光を放つ銃身が小さな手の中に収まった。
 ゲドルドは目を瞬かせた。
「オルディネ? なんでそんなに小さくなって」
「ゲドルド、怪我を?」
 オルディネは、ゲドルドの左腕に目をやる。
それから、フェアラーネの方に視線を向けた。
「怪我はいけないと言ったでしょう」
「そんなの怪我のうちに入らないよ」
「フェアラーネ」
 妹の叱咤の声に、フェアラーネは視線を背けた。
オルディネは小さくため息を吐き、銃身を持たぬ手の方を自らの胸に添えた。
 途端にオルディネの身体が淡く輝きだした。小さな身体を包む光が大きさを増し、やがて赤と白の光が手にした銃へと集う。
 オルディネは確かめるように、元の大きさに戻った身体を眺めた。
 真珠が散りばめられたドレスが細身を包み、肩口で切りそろえられた黒褐色の髪には、赤い髪飾り。
 拗ねたように唇を窄ませるフェアラーネと元の大きさに戻ったオルディネは、身につける衣服は違うが、まるで鏡で映したかのように、そっくりだった。
「フェアラーネ、おまえな」
 ゲドルドは呆れの中に怒りを混ぜながら、立ち上がる。
「自分の妹に、魔術をかけるなんて正気か!」
 オルディネが幼い子供の姿に変じていたのは、フェアラーネの魔術によるものだと理解して、ゲドルドは声を荒げた。
 いくらなんでも、やって良いことと悪いことがある。
 だが、フェアラーネは明後日の方向を向いて、ゲドルドの叫びを無視した。
背けるフェアラーネの顔は、ゲドルドにも、オルディネでさえ、窺えない。
「ゲドルド、怒らないで」
 怒りに拳を震わすゲドルドの腕を、オルディネがそっと掴んだ。
「私が良いって言ったのよ」
 その気になれば、オルディネはいつでも元の姿に戻れた。
そうしなかったのは、幼少の姿を取ることにオルディネ自身が同意したからに他ならない。
「オルディネは、フェアラーネに甘すぎる」
 ゲドルドはオルディネの手をそっと掴んだ。
オルディネの全てを許したその笑みに毒気を抜かれたのか、ゲドルドは諦めたように小さく息を吐いた。
「それにしても、なんでよりによって、こんな日に」
「何か予定があったの?」
 問われてゲドルドは一瞬言葉に詰まった。
視線を彷徨わせた後、オルディネの手を掴む指に僅かに力を込めた。
「花祭り……、行きたい、て言ってただろう」
「え?」
「あの、な。……オルディネ。良かったら、俺と行かないか?」
 王国の東部で一番大きな町で行われる一年に一度、三日間だけ行われる祭り。
町中に色鮮やかに咲き乱れる花が飾られ、それはまるで花の都。町中が花の甘い香りに満たされるという。
 以前から、オルディネはその祭りに行ってみたいと言っていたが、その機会は、なかなか訪れなかった。
 だから、ゲドルドは今年こそ連れていってあげたいと思っていた。
それなのに花祭りの前日に、フェアラーネがオルディネを連れ出してしまったのだ。
おかげで、この三日間、ゲドルドは必死でオルディネの行方を探すことになった。
 祭りは明日までだ。間に合ったことに、ゲドルドは安堵した。
「連れて行ってくれるの?」
「行きたかったんだろう」
 オルディネの頬が淡く染まった。ゲドルドは照れたように頬をかく。
 フェアラーネはそれを――無表情で見つめていた。
 そのときだった。
天井の換気穴から、一羽の鳥が入り込んできた。
 三人の視線が鳥に向けられる。
 鳥の姿は半分透けていた。
普通の鳥ではない。魔力で作られた使い魔だった。
それは崩れた壁の一部に羽を下ろすと、
『三師人に告ぐ。女王陛下がお呼びである。至急城に戻れたし』
 鳥は流暢な言葉で、三人に命じる。
 王国を守る三人の盾。
魔師、銃師、剣師――三師人に向かって。
 フェアラーネ、オルディネ、ゲドルドは、当代の王国の盾だった。
 ゲドルドはため息を吐いた。
 女王陛下の呼び出しとくれば戻らないわけにはいかない。
何用かはわからないが、こんな時間に呼び出したのだ。明日、外出することは叶わないだろう。
「また、来年があるわ」
 そうオルディネは明るく告げたが、残念に思っているのは間違いなかった。来年、が必ずあるとは限らないのだから。
 フェアラーネは、オルディネを見た。
それから、ゲドルドを見て、最後に、半透明の鳥に視線を向けた。
「いいよ、行っておいでよ」
 オルディネが俯いていた顔を上げた。
「どうせ、大した用じゃないだろうし、二人で行ってくればいいよ」
「おまえ、……何を企んでる」
「酷いなぁ、人の親切心をなんだと思っているの?」
 疑いの眼を向けるゲドルドに、フェアラーネは首を竦めて見せた。
「でも」
「オルディネ、行っておいでよ」
「でも、フェアラーネも行きたかったのでしょう」
 そもそも、最初に花祭りの話をオルディネにしたのは、フェアラーネだ。
町中が花だらけになるという、その光景を見てみたいと最初に願ったのはフェアラーネだ。
 だけど――。
「僕は別に、それほど興味ないから」
「でも……」
「よし、オルディネ、行こうぜ」
 躊躇するオルディネの腕をゲドルドが引いた。
 オルディネは何か言いたげな表情をしていたが、フェアラーネは笑顔を浮かべる。
「ありがとうな、フェアラーネ」
「オルディネに何かあったら許さないからね」
「何かするのは、いつだってお前だろう」
 フェアラーネは両手を二人に向けた。
淡い光が二人を包み込み、徐々にその姿を薄めていく。
「フェアラ……」
「楽しんでおいで、オルディネ」
 言いかけた言葉を遮って、フェアラーネは二人の姿を見送った。
瞬きの間に二人は消え失せ、残されたのはフェアラーネと使い魔の鳥だけ。
 フェアラーネの顔から表情が消える。
 オルディネとフェアラーネは、ずっと一緒だった。
オルディネは魔力を力の糧とする銃師、フェアラーネは強大な魔力を持つ魔師。
その間に割り込んできたのが、剣師であるゲドルドだった。
「僕だっていきたかったよ、花祭り」
 でも、オルディネが行きたいと言ったから、我慢した。
 フェアラーネは、オルディネの姉だから、オルディネのためだったら、なんだって我慢できた。
 世界で一番大事なオルディネ。
 だけど、オルディネにとっての一番が最早、自分ではないことをフェアラーネは知っていた。
 オルディネは、ゲドルドに好意を抱いている。
 そして、ゲドルドも――。
「僕は、一番になりたかったよ」
 届かない言葉を紡ぐ。聞かせることのできない思いを告げる。
「僕だって本当は」
 ゲドルドと祭りに行きたかった。
 それは、叶わない願い。
『女王陛下、お呼びだ。城に――』
「うるさいっ!」
 腕を振りあげれば、悲鳴をあげる間もなく、使い魔は消え失せる。
オルディネは下ろした拳を震わせた。
「僕は、オルディネが一番好き」
 凍り付くような冷たい感情が胸の内から零れ落ちる。
「僕は、オルディネが一番嫌い」
 今頃、二人は祭りに賑わう町にいるだろう。
 二人で楽しい時間を過ごしているだろう。
 そこに、自分は入り込めない。
「盾に選ばれなかったら」
 三師人として選出されなければ、ゲドルドと出会うことはなかった。
 そしたら、ずっとオルディネの一番にいられたのに。
 かつて、自己犠牲によって王国を守った女神の身体から生まれた盾。
 その盾さえなければ――。
 右腕を強く掴む。
そこには、王国の盾である証が刻まれている。
「でも、僕は――王国の盾だから」
 自分に言い聞かすように、フェアラーネは呟く。
その顔は痛々しいほどに歪んでいた。



大きく開け放たれた窓から、眩しいほどの西日が差しこんでいた。すれ違うのが、やっとのほどの隙間を残して置かれた本棚と、そこに整然と並べられた本。
 ブクリエーム王城の書庫には、一生をかけても読み切れないほどの本が所狭しと並べられていた。
 適時、掃除を行っているのか、本棚に埃が積もっていることはなく、僅かなカビ臭さが鼻につく。
 カラム・ファンは、狭い通路の間を縫うように歩きながら、視線をゆっくりと動かしていく。その手には、数冊の本が掴まれていた。
 金と銀で彩られた木の葉と翼を閉じた鳥が描かれた白い衣服を纏い、首元まで覆い隠している。腰には細身の剣を下げていた。
 城に上がるのを嫌うカラムであったが、書庫には度々足を向けていた。城の書庫には、国中の本が集まっている。わざわざ、書屋で探す手間が省けるし、己の立場ならば家に持ち帰ることに意義を唱えるものはいない。
後頭部で一本に結ばれた淡い金色の髪が、窓から吹き込んだ風に揺らいだ。
静かだった。カラムの動きには音がない。気配を断つことを常として育ったため、無意識に音を消してしまう。
時折、窓から誰かの声が忍び込むくらいで、あとはカラムが本を手に取って中身を確認するときの、乾いた音が響くだけ。
「うわぁ」
 静寂が破られた。悲鳴と、何かが崩れる音に、カラムは顔をあげた。
 小さくため息を漏らすと、手にしていた本を棚に戻し、音のした方へ足を向ける。
「なにを、しているんですか」
 呆れたような声を投げかければ、崩れた本の間で大きな帽子が揺れた。
 大きなつばを掴みながら、ライオネル・リオンは、本の山から立ち上がった。
「本を取ろうとしたら、崩れてきたんだよ」
 自分は悪くないと、主張するライオネルに、カラムは事情を理解した。
 手で本を取るのが面倒だから、魔術で取ろうとしたのだろう。ライオネルの魔力は歴代の中でも強力だが、だからこそ、制御が難しい。
細かい魔術が苦手なくせに、どうしてそんな横着をするのだろうか。理解に苦しむ。
ふわり、と白いローブの裾が浮かび、ライオネルの身体が虚空へと飛び上がる。本の山から抜け出したライオネルは服についた埃を指先で払い除けた。
散らかした本を片付けるつもりなどないのだろう。もっとも、ライオネルが片づけたら、それこそ取り返しのつかないことになるので、カラムは何も言わなかった。もちろん、カラムが片づける道理はない。
明日にでもなれば、城の誰かがこれに気が付いて、本を戻すだろう。
「ディオンは……屋敷ですか?」
普段、ライオネルは書庫には近づかない。
それなのに、わざわざ、書庫に忍び込んだのは、カラムの気配を察してだろう。そして、ライオネルがカラムのところに来たということは、ディオンがアーデン家の屋敷に戻っているということだ。
「珍しいですね。ディオンが戻るなんて」
アーデン家の嫡男であるディオンが、自分の家に戻ることは、おかしなことではないはずなのだが、彼の場合は、事情が事情だった。
ライオネルは、拗ねたような、怒ったような表情を浮かべた。
「あの子が迎えにきたんだよ」
「……そうですか」 
 ライオネルが「あの子」と呼ぶのは、他でもない、ディオンの弟のことだ。歳が離れていることもあり、ディオンは弟のことを溺愛している。
 弟の方もディオンのことを慕っていて、兄が家に近づかないことに本気で悲しんでいる。
そのため、時折、ディオンが仮の住処としているライオネルの家に訪ねてきては、ディオンを屋敷に連れて帰るのだ。可愛い弟に半泣きで懇願されたら、さすがに首を縦に振るしかない。
 それが、ライオネルには面白くない。
「ディオンも嫌なら、嫌って言えばいいのに」
「無理でしょうね」
 ついさっき、屋敷に戻ったのならば、ディオンが帰ってくるのは早くて明日の朝だろう。
今日は、家に帰って本を読もうと思っていたが、ライオネルを一人にしておくと厄介ごとを招きかねない。
「夕飯は?」
「用意してなかったよ」
「じゃあ、買って帰りましょう」
 細くなりつつある夕日に目を細めて、ため息と共にカラムは告げた。
「そういえば」
 カラムはライオネルに視線を向けた。
「何の本を読みたかったんですか?」
 足元の崩れた本の惨状は、ライオネルが珍しく書物に興味を示した結果だ。
「えっと、これかな?」
 本の山から、古びた冊子が浮かび上がり、ライオネルの手に収まる。
 表紙はぼろぼろになっていて、タイトルが消えてしまっている。何度か、継ぎ足されているのか、中の紙は色あせ形が崩れている部分と、まだ白く綺麗な紙が混ざり合っていた。
「魔力の匂いがする」
「……魔力?」
 再び冊子が虚空を飛び、カラムの手に収まった。
「…………歴代、三師人の記録張でしょうか」
 中を開いたカラムは、書かれている内容を確認し呟いた。そこに書かれていたのは、代々の三師人の名前と素性を記載したものだった。
「そこじゃないよ」
 ライオネルの声と共に、風が吹きページを捲った。
開かれたページに、カラムは目を通す。
「私たちの三代前の方のようですが……」
 そのページに記載されていたのは、「剣師ゲドルド」、「銃師オルディネ」、そして――。
「おかしいですね」
 前後のページを捲り、カラムは首を傾げる。
「魔師の記載がないですね」
 三師人は、剣師、銃師、魔師の三人一体だ。しかし、三代前の三師人に魔師の記録が記載されていない。
「魔力の匂いがする」
 ライオネルが宙に浮きながら、そのページを覗き込む。
 カラムの問いかけの眼差しに応えるように、ライオネルは左手を書の上に翳した。
 淡い光が、カラムが手にする書を包み込む。
 だが――。
「わっ」
「なっ」
 光が弾けた。ライオネルの魔術が見えない障壁に跳ね返される。
 冊子がカラムの手から落ちた。光が消える。
「これ、魔力じゃない」
 ライオネルの声が震えていた。ライオネルは無意識に自分の左手を強く掴む。
 カラムもまた、一歩後退り、自分の肩口に触れた。
 それを、カラムもライオネルも、よく知っていた。その力が何であるのか――数年前にその力を目の当たりにした二人は誰よりもそれを知っていた。
 二人はそっと視線を交わした。
 カラムが、落とした冊子を拾う。先ほどのページを開くが、変化は見られない。魔師の名前は無記載のままだ。だからこそ、理解する。
「裏切りモノですか」
 三師人は王国の盾。それに背けば、盾となった女神が罰を与えられる。
 名前の刻まれていない魔師は、おそらく、王国を裏切った罪人だ。
 だからこそ、女神の――盾の力がその名を消した。
「気をつけないといけませんね」
 カラムは冊子を閉じ、本の山に投げ落とした。
「私たちも下手したらこうなりますよ」
 名前も存在も消されて、何もなかったことにされる。
「……カラムは危なそうだもんね」
「ライオネルにだけは言われたくないですよ」
 二人は目を合わせ、ようやく笑みを浮かべた。
「夕飯の買い出しに行きましょう」
「僕、先に帰る」
「少しは手伝いなさい」
 二人は言葉を交わしながら、書庫の出入り口に向かう。
 今見たものが存在していなかったかのように。



 今より三代前の三師人の一人、魔師フェアラーネの名は、記録から抹消されていた。
 歴代の三師人を記した書物に残されているのは、銃師オルディネと、剣師ゲドルドの名だけ。本来刻まれているはずの魔師の名は最初から存在していなかったかのように失せている。
 だが、その名は一部の人々の間で静かに語り継がれている。
 王国の盾でありながら、敵国の味方をした裏切り者の名として。
 そして、その裏切り者は、他の二人の三師人の手によって葬り去られたという事実も。
 裏切りの三師人――フェアラーネ。
 刻まれることのないその名が、幾十年後のときを越えて、再び紡がれることになるとは、まだ誰も予想していなかった。


 
<FIN>





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三師人