Mad Dinner Refined

[ 狂気で上品な夕食 ]



微かな痺れが上半身を伝わる。
白煙が銀の筒から空へと昇り、そして消えた。
息絶えたばかりのそれに向かって大股で近付き、押さえつけるようにその胴に足を乗せた。
腰を屈め、手を伸ばす。
屈む際に足に力を込めれば、紅(あか)い命の象徴が傷口から吹き零れ、白衣の裾を染める。
見開かれていたそれの中に、ゆっくりと指を差し込む。
滑(ぬめ)る指。
けして急いたりはしない。
うっかり傷をつけたりでもすれば、せっかくの球体美が失われてしまうから。
生暖かさと、何ともいえない感触が指先を這いずり回る。
ぞくぞくと背筋を駆け上がる快感。眩暈(めまい)がするほどの恍惚感(こうこつかん)。
回す様にしてそれを引き抜く。
この瞬間の高揚感がたまらない。
自分のものに出来たと確信できる一瞬。
繋がる部分を爪先でそっと切り取り、細心の注意を払って取り出す。美しい球体が空気に晒(さら)される。
千切れた視神経が眼窩(がんか)から垂れ出て、血の気が失せた頬に紅い軌跡を描く。ドロリとした血がその頬を染めていく。
慎重な動作で腕をあげ、二本の指に挟んで目の前にかざした。
「フッ……色も形も悪くはない」
手の平から腕へと伝っていく紅い雫。
まだ取り出したばかりの濁りのない紫紺(しこん)の光彩が、天窓から漏れ出でる月光に照らされ淡く光を反射する。
紅く染まった白く細い指先がそっと表面を撫(な)ぜる。
「この前のよりも上物だ」
ふっくらとした濡れた唇の合間から、赤く熟(う)れた舌がちろりと垣間見えた。
球体の白い表面に口付けを落とし、溶けんばかりの笑みを浮かべる。
見るものを魅了する笑み。
おぞましくも凄艶(せいえん)な横顔は、手にする白球を愛しげな眼差しで見つめている。
床を汚す血よりも紅い舌が、白い球体を舐(ねぶ)る。
白い表面を紅く彩る血を拭い取るように丹念に舐めていく。


口の中に広がる鉄(てつ)錆(さび)の味と。
鼻につく血臭と。
視界を占める月光に隠れた闇と。
広がっていく紅い血だまりと。
冷たくなっていく肉塊と。
下ろした左手に掴まれた銀の銃身と。


右手の指に摘まむようにして捕らえていた白い球体を、口の中に放る。
生暖かさが口内に広がる。
舌と口蓋(こうがい)の間にそれを挟む。

そして――。

口中に広がる、ぐちゃりとした食感。
水晶体から漏れ出した水分が口内に溢れ出す。
喉を下っていく、まだ温もりを残すそれ。
粘着質の液体が口内を汚し、微かに溢れ出た透明な一滴が唇の端から垂れた。
女は恍惚の表情を浮かべながらそれを嚥下(えんげ)した。


(『M・D・R』収録) H19.11.11