アンファン・ぺルデュ

[ 迷子と博士の流儀 ]






 凍えた風は、痛みを与えゆく。
 そこかしこに息を潜める底の知れない闇は、やわらかい肉と痩せた骨に牙を突き立てるそのときを、ただじっと待つ。
 痛みを好ましいとは思わない。
 けれど、痛みを覚えることは、生を覚えることでもあった。
 そっと凍えた牙のまえにさらされる身体を抱えるように、おのれの細い身体に腕をまわす。
 そのとき、不意に鼓膜を打つものがあった。
 足音。
 それは、闇の向こうからこちらへとやってくるらしい足音だった。
 ひとであるのだろうけれど、そうではないかも知れない。
 虚ろに沈むコンクリートの群れに反響するそれがなにを示すのかは、わからない。死、そのものであるとも言い切れない。
 だからそれが近付いてくるのを、声も立てずに待っていた。

「やはりこんな汚れた陰鬱な町では、収穫は望めないか」

 やがて、ぬかるみを踏み、足音の主が現れる。
 怖れなど毛ほども見せずに闇のなかを進んできたその人物は、肌白く、精巧につくられた人形のように冷たく整った容貌を持った、美しい女だった。
 無駄足、と鈴を転がすような、しかし少々気だるげな声音を吐き出し、肩にかかる癖のない艶やかな漆黒の髪をかきやる。
 ふう、とそのふっくらとしたかたちの良いくちびるからこぼれる白い息が、ゆるりと虚空へと溶けゆくのを、興味深く眺めた。
 路地裏に転がったままぴくりとも動かない襤褸の中身がなんであるかにはさして興味がないのだろう、歩む先に横たわる邪魔なそれを底の厚いブーツの足で跨ぐと、すい、とその感情の窺い知れない鳶色の双眸で、女は廃ビルの向こうでけばけばしく光るネオンの海を眺めやる。
 たしかに、特に気にすることもない。
 襤褸の中身はどうせ、暗い痛みに食い殺された冷たい抜け殻。
 くす、と喉から笑みがこぼれ落ちたのを、自覚した。
 とたん、気配が銀色に光る鋭い刃のように研ぎ澄まされる。
 女は、纏う白衣のポケットに隠された左手をわずかに緊張させ、周囲をすばやく見回してこちらの姿を探した。
 その背後に、その足もとに、常人では視認することも知覚することもできないものを踏み拉(しだ)いていることに、気付いているだろうか。
 虚ろに渦巻く聲(こえ)なき聲が、聞こえているだろうか。
 いくつものぽっかりと空いた暗い眼窩が見つめていることを、知っているだろうか。
 いや、
 気付いていても。
 聞こえていても。
 知っていても。
 女は振り向かないのだろう。
 それすらもその整えられた爪先で抉り取り、白い喉に流して飲み込んでしまうのだろう。

「さがしもの?」

 声をかけると、ようやく女がこちらを見た。
 細められた鳶色の瞳が、闇のなかにうずくまり膝を抱えた手指、傾げたために揺れた髪の先の動きまでを細かく追う。
 冷えた刃の先が肌を滑るような感覚にくすぐったさを覚えて、軽く身を捩りちいさく笑みをこぼした。
「こんな時間にこんな場所を、お姉さんみたいなひとがひとりで歩くなんて、あぶないよ?」
 膝を抱えていた腕を解き、路地に積み上げられた箱の上で両足を揺らしつつ言うと、両の眼球にじっと熱を帯びた視線を注がれたのに気付く。
 それに気付かないふりをして、さがしもの? と重ねて問うと、白衣を纏った冷たい美貌の女は一転してやわらかく微笑んだ。
「君は? 親御さんが見当たらないようだが、君のように可愛らしい女の子がひとりで、危なくはないのか?」
 穏やかな声音が耳に心地よく、闇に縁取られた女の貌に向かってちいさな手指を伸ばす。
 もちろん、この距離では届かない。けれど触れることが目的ではないのだから、それでいい。
 痛みを感じることは生を感じることでもあるけれど、下手に過ぎた痛みを抱えるのは控えたかった。
 すい、と輪郭を撫でるように指先を動かすと、女がかたちの良い眉を軽く寄せる。壊れているのか、と音もなく呟くのを、くちびるの動きだけで読んだ。
「こわれているかどうかなんて、この町ではたいしていみはないと思うの。お姉さんも、あまり気にしないほうでしょう?」
「…………まあ、そうだな」
 すい、と白衣の裾が揺れ、女が一歩脇にずれた。
 ただの子どもだとはさすがにもう思っていないのだろう。けれどそれでもこちらを置き去りにしてこの場を去らないのは、自分のこの瞳に興味を持ったからなのか。
「この町に暮らしているのか」
 やさしく問われて、頷いた。
「親御さんは?」
「お父さんは知らない。お母さんは……お父さんのちがうお兄さんが殺した。そのお兄さんももういないの」
「そうか」
「うん、そうなの。だから、わたしがこの町でどうなろうと、いまはだれも気にしない」
「……ほう」
「それで」
 言葉をつなげるその瞬間、一度はおさまっていた笑みがふたたび湧き起こる。
 じっ、と上目に女を見つめ、そして、
「お姉さんの探し物、見つかった?」
 すると女の双眸の奥に、ちらり、と光が走るのを見た。ああ、と女が頷く。
「見つかった。君が、持っている」
「そう。じゃあ、ほしいの? わたしの瞳」
「欲しい。そう言ったなら、君はくれるかい?」
「いいよ、あげても」
 とたんに、女の白く滑らかな頬が、ほんのりと薄紅色に染まった。
 その両の瞳が、夢を見る少女のように輝く。
「金にも銀にも見える、不思議な漆黒の虹彩(アイリス)。これほど汚れた町にありながら、色も良いし艶もある」
 うっとりと歌うような声と、そのふわりと溶けるような表情がひどく美しかった。男が見たなら、危険だと本能が泣き叫んでいたとしても、思わず震いつきたくなるのだろう。
 その美しい女が、こちらの両の瞳に吸い寄せられるように、一歩、近寄った。
 それを、闇に浮かぶ明かりに誘われる綺麗な羽虫のようだと思いながら、眺める。
 また一歩。
 白衣のポケットに隠れた両手に握られているのは、刃の薄いメスだろうか。
 また、一歩。
 そして、そこは、

 凍えた闇の腭(あぎと)の、ほんの手前。

「そのかわり」
 歩みを止めるために低く囁くように言うと、ぴくりと長い睫毛を震わせて女は立ち止まった。
「わたしの瞳をあげるかわりに、お姉さんの瞳をちょうだい」
「……なに」
「見えなくなると、こまるの。いずれわたしは、この町を手に入れるから。そのために、見なくてはいけないものがあるから」
「眼球に代わるものを用意してやれるが?」
「お姉さん。お姉さんだって、ほんものしかほしくないでしょう? わたしも、そう。ちゃんとほんものの瞳で見たいものがあるの」
 女はその場で、小鳥のように首を傾げる。
 さら、と艶やかな髪が細い肩の上を流れた。
「こんな町がそれほどに魅力的か? わたしには理解できない」
「わたしもよ、お姉さん。わたしの瞳にもこの町はみりょくてきにはうつらない」
「余計にわからないな」
「ほしいものが、あるの。そのために、この町を手に入れたいの。だれを苦しめても、なにをふみにじっても。お姉さんなら、たぶん、わかってくれる」
「あぁ、それなら……そうだな。わかるよ。だが」
 わかるよ、と頷いた女はしかし、ゆるり、と魅惑的な赤いくちびるを吊り上げる。
 そして、一歩。
「だが、わたしのこの眼球をやるわけにはいかないな。わたしもほんものの眼球で、見たいものがあるのでね」
 ぬかるみをブーツが踏む。水分の多い泥が跳ねて、音を立てた。
「わたしがほしいものを手に入れるまで待ってくれるなら、ただであげてもいいよ?」
「この町の環境はあまりに悪いだろう。身体にも、精神にも。毒というものは知らず、そのどちらをも蝕む。デリケートな眼球は、特に。再生がきかない眼球には替えもない。時が経てば経つほどに、取り返しがつかなくなる。君がどれほどに気を付けたとしても、だ。せっかくの美しい眼球が毒されてしまうのがわかっていて見過ごす行為は、罪悪だとは思わないか」
「うん。そうかもしれない。世界は痛みにあふれているもの。それにこの町は、けがらわしい牙がつきささったままで、傷口からうんですらいる。わたしも、痛みに負けて、うみにうもれて、そのまま……闇にくわれてしまうかもしれない」
「だから、いま」
「力ずくで、うばう?」
「ああ、そうしよう」
 そうしよう、と言うなり、女は白衣のポケットから右手を引き抜き、それを投げた。
 す、と。
 それは遠くのネオンを映して、ほんのわずかの間、闇のなかで煌めく。
 そして、
「……少々、拍子抜けだな」
 胸のまんなかを擲(なげう)たれたメスに貫かれ、積み上がる箱の向こう側へとちいさな身体が消えると、女は軽く瞠目して呟いた。
「そこらに遊ぶ子どもとはずいぶんと違うように思えたのだが、買い被ったか」
 まあいい、とひとり呟いて、また一歩、真新しい屍(しかばね)から目当てのものを奪うために女は歩みを進める。
 そのとたん、
「っ!」
 女は白い顔をわずかに強張らせた。
 その肌に、そこにあった目に見えないなにかを感じたのだろう。
 だから、
「そう。そこから先は、歌声響く闇の庭。わたしの、領分」
 足を止めた女のその周囲に、幼い声を反響させる。
 ゆらり、と。
 さきほど女が見向きもしなかった地面に転がったままの襤褸が、糸にあやつられるかのように引き上げられた。
 はっ、と気付いた女が振り返るそのまえに、襤褸から伸びた闇と同色の干からびた腕で細い背肩を捕える。
 しかし、女は素早く左手を白衣のポケットから引き抜くと、銀色のメスでそれを裂いた。さらにぬかるみに落ちた冷たく乾いた五指を踏みつつ反転し、底の厚いブーツで揺らめく襤褸を蹴りつける。
 ふら、とそのままふたたび力なく地に伏した襤褸を横目に、女はすばやい動きでちいさな屍があるはずの場所へと駆けた。
 ほんとうに屍となったのかをその瞳で確認するためなのか、それとも、ただ不思議な虹彩を持つ眼球の所在を確認するためなのかは、知れない。だが、とにかく女は積み上がった箱へと手足をかけ、その裏側を覗き込んだ。
 そして、突如そこから押し寄せた鋭く長い牙をとっさに避け、転がるようにして箱から落ちる。だが受け身をとりすぐさま白衣の裾を翻し立ち上がると、抜いた銀の銃で箱の向こう側から跳んで現れた漆黒の獣の胴体を撃った。
 びしゃり、と赤い飛沫が独特の匂いとともに暗闇に広がるが、しかし銃弾を受けた魔獣は、黒いゴムのようなくちびるを残忍な笑みに歪める。
 避け損なった牙によってであるのか、同時に伸ばされていた爪によってであるのか、白衣の左袖が大きく裂けているのを一瞥した女は、軽く舌打ちをした。
「……奇術か?」
 そのつぶやきに、歌うように返す。
「ちがうよ。奇術ではなくて、これは、魔術」
 ずるり、とぬかるみから青白い指が這い出せば、薄汚れたコンクリートの壁は高温を加えられたかのように歪んだ。
「ほう? どう違うのかね」
「みせかけではない、事象。お姉さんの思い込みも、さっかくも、いらない」
 女は、あたりに低く響く唸り声を上げて飛びかかる魔獣を、擲つナイフの群れで足止めをしつつ、周囲の気配を探る。
「それでは、かくれんぼの上手な可愛らしい魔術師(ウィザード)。ほんものの君は、どこだ。それとも、もう……ここにはいないのかな?」
 逃げてしまったのか、と問われて、
「……ううん」
 逃げる場所などありはしない、とちいさな手を伸ばした。
「わたしは、ここ」
 そっと背後の闇から、女のその両の瞳を冷たい手で覆う。
「でも、ときどきわからなくなるの。この世界がほんものなのか。わたしは、ほんものなのか」
 抗う気はないのか、女は手にした銃を静かに下ろした。
「ねえ、お姉さん。いま見えているものは、ほんもの? いま見ているそれは、ほんもの?」

 見ているその光景は。
 見ているその目は。
 ほんものだと思うか。

 ゆるやかに、やわらかい目蓋の上、眼窩の窪みに十指の先を軽く沈めた。
「お姉さんにはわかる? ほんとうのすがたが」
 吐息を吹きかけるように、耳もとで囁く。
 そっと漆黒の髪がかかるその細い首に、頬を寄せる。
「食んでみればわかるさ」
 ふ、と笑まれて、覗き込むようにして白い顔を見ると、女の艶やかな赤いくちびるが吊り上がった。
「食んでみれば、ほんものかどうかわかる」
「おいしいの?」
「ほんものは、な」
 ふふ、と凄艶な笑みを浮かべ、女が言う。
「穢れ、濁った眼球などは食えたものではない。苦い、辛い、などという次元の不快さではないからな。生臭くねっとりとしつこく絡みついてくるそれを口内に入れるなど、想像するだけでもおぞましい。寒気がする。それに引き換え、本物の、美しい眼球の味といったら、ほかのどんな美食と比べてもなんら遜色はない。いや、むしろそれは比類なき美食の頂。ほのかに漂う甘い血の香り、口蓋と舌とで押し潰した際に広がる、硝子体から溢れ出るゼリー状の温かい潤み。替えも補充も利かないクリスタリンで満たされた水晶体の、なんともいえない質感。持ち主の生そのものを映し出す美しい眼球を食むあの瞬間、この身体は歓喜にうち震え、胸は至福で満たされる。輝かしい生の証をこの身体に取り込むその瞬間の高揚感といったら……」
「おはなし、もうちょっと長くなる?」
「ああ、もちろん長くなるとも。眼球の素晴らしさを語り尽くすには、時間などいくらあっても足りないくらいだ。それとも話が長くなるのは嫌かい?」
「ううん。お姉さんはおもしろいし、声もすきだから、ちっともいやじゃないよ。でも、ほんものがおいしい、っていうことはわかった。そんなにいいなら……そうしてみようかな」
 呟くように言って女の両眼を覆っていた手を離すと、女が静かに振り返る。
 両の手は身体の横に垂らされていた。
 じっと双眸に視線を注がれるものの、その手は動かない。だから、
「食べる気、なくしたの? わたしはやっぱり、ほんものには見えない?」
 ゆっくりと瞬きつつ、首を傾げてみせた。
「いや。そうではない。いまは、やめただけだ」
「どうして」
「君を待つのも、楽しそうだと思ったからだ」
「世界は痛みにあふれているのに? 痛みに長く、眼球がさらされるのに?」
「痛みは、生まれたその瞬間から命を苛むものさ」
 そう、命は常に痛みにさらされている。
 生は痛みを感じつづける。
 だから世界は、痛みに溢れている。
「言ってることむちゃくちゃだ、って言われない? やることは、それ以上に」
 だからこそ、力づくだと言ったのだろうに。
 けれど、くちびるからこぼれたのは笑みだ。
「ふふ。たまにな。だが、君なら、その眼球をわたしが食むまで守ってくれそうな気もする。さらに輝きと深みを増して」
「買いかぶり」
「そう自分を卑下するものでもないさ」
「でも、わたしは……迷子」
「だから、待つのさ。君が、ほんものの自分を探す君が、それを見つけるそのときまで」
「手遅れになったら?」
「手遅れにするつもりがあるのか?」
「ない」
「なら、いいだろう」
 す、と女は白衣を翻し、背を向ける。
 ちら、と足もとに蠢く青白い指を見るが、やはり毛ほども怖れを見せなかった。はじめから、そんなものには怖れも興味も抱いてはいない。
 その背に向かって、
「でも、ね。お姉さん。わたしがそれを見つけるそのまえに、お姉さんがこの世界に食べられてしまうかもしれないよ?」
「見つけるそのまえに君が食べられてしまうことは、考えないのかね」
「考えない。わたしは見つけるもの。誰を苦しめても、なにをふみにじっても」
 くつくつ、と遠ざかりつつある靴音の合間に、こぼれる女の笑み声を聞く。
「ではせいぜい、わたしは痛みに食いつくされないように気をつけるよ」
 さして心の籠らない言葉をさらりと吐いて、するり、と女は領分の外へ。
 閉じ込めるつもりもなければ、邪魔をするつもりもない。
 ただ、訊いておきたいことがあることを思い出して、その凛とした背に声をかけた。
「Drウイユ」
 女が立ち止まり、綺麗な弧を描く眉を不思議そうに寄せて、肩越しに振り返る。
 当然だろう。女は一度も名乗ってはいない。
「博士(ドクター)。わたしのなまえを聞かなくていいの? わたしはこの先、たくさんの姿をもつから……探せなくなるよ?」
 ふたたび積み上がった箱の上に座り、膝に喉を鳴らす魔獣の黒い頭を乗せ、それを撫でながら訊ねると、女が穏やかな笑みを向けてきた。
 それはとてもやさしげで、彼女が踏み拉くものたちが思わず震えるほど。
「『迷子の魔術師』では、不満かい?」
「……ううん。いまは……まちがってないから、いい。それにあのひとも、わたしのことを『迷子』って呼んでいるもの」
「あのひと?」
「教えない」
「それは残念。だが、君はこの灰色に沈む陰鬱な町を手に入れるのだろう? だったら君のなまえを知らなくとも、いずれわかるさ」

 そのときは。

 そう言って、女の赤いくちびるが禍々しくも美しい笑みに吊り上がった。
 膝の上に預けていた頭を擡(もた)げて、黒い魔獣が低く威嚇の唸りを上げる。
 その喉を撫で上げ宥めてやりながら、まっすぐに鳶色の双眸を見つめた。
「うん。そのときは、この瞳をあげる。でも、気をつけて。そのころにはわたし、いまよりもずっと性格がわるくなっているはずだから、きっとお姉さんにいじわるすると思うの。口約束ほど不確かなものはない、なんて言うかもしれないよ?」
「ふふ。すんなり眼球を渡してくれるよりも、そのほうがずっとおもしろい。奪い甲斐があるというものだよ」
「楽しみだね」
「ああ、楽しみだ」
「さようなら、『眼球喰らいの博士』。また会うその日まで」
 そっと。
 ちいさな手を、颯爽と立ち去るその背に向けて振る。
 そして、暗く重く覆いかぶさる闇のなかで、ちいさく笑った。
 痛みを孕む凍えた風が、廃ビルの隙間を低く唸りながら過ぎていく。

 無色と有色に滲む、善と悪が曖昧な町。
 虚と実が入り混じる、痛みに満ちた世界。
 ちいさな胎(はら)には、揺らめく金銀の思い。
 据わる胆(はら)には、煌めく漆黒のたくらみ。

「さようなら、『迷子の魔術師』。つぎに会う日を、楽しみにしている」

 笑みが滲むその鈴の声音を子守唄に、『迷子』は黒い炎のごとく漆黒の毛並みに鼻先を埋め。
 ゆっくりと、目蓋を閉じた。






鳳蝶様のところで2700を踏んだ記念に頂きました。ちょっと押され気味の博士が見物です♪H20.8.21