Murder Double Reunion

[ 殺人兄弟の再開 W ]






 
 優しかった両親。金髪は母親から、縹色の目は父親から引き継いだ。
 両親は無償の愛をアンディに与え、アンディは両親の愛を一身に受けて育った。

 平和で、平穏な生活。

 それが終わったのは十六のとき。
 アンディは覚えている。
 夜中、トイレに起きたら、隣のベッドにザリオスがいなかった。
 扉の向こうから聞こえてくるのは悲鳴。
 何事かと思い、足音を殺して廊下を進む。
 そして、見たのは――。

 双子の兄が、両親を刺殺する場面。

 何かが頭の中で切れたのを感じた。
 闇の中、手探りで握り当てたのは一振りの斧。
 明日、薪を割るのだと夕食前に父親が言っていたことを思い出す。
 それを手にして、部屋の中に飛び込んだ。



 あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、あかい、――血しぶきが。



 視界を染めて。
 床に広がった赤い血。
 ごとりと。
 落ちたのは。
 自分と同じ顔をした。
 もう一人の。
 自分の頭。
 悲鳴が。
 喉の奥から。
 漏れて。
 笑い声が。
 喉の奥から。
 ほとばしって。


 赤い炎が。
 揺らめいて。
 家に火をつけて。
 全部燃やして。
 雨が降っていて。
 炎が勢いよく燃え上がり。
 家を燃やして。
 人を燃やして。
 村も燃やして。
 森も燃やして。
 山も燃やして。
 全部燃やして。


 燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、――跡形もなく消え失せた。



 アンディは不死人だった。ザリオスはそうではなかった。
 ザリオスは、アンディに殺されて。
 不死人未満だったザリオスは、不死人に殺されて――生死体になった。
 だから、ザリオスは死んだ十六の姿のまま、成長することなく時間を止めている。
 アンディは普通の人と同じように時間を刻み、歳をとっていく。



「パパとママだけ逝くのは不公平だろ? だから、村の人間全員殺して火を放った。なのにどうして、最初に殺したお前が今も生きているのか」
 首を落とすだけではなく、どうして細切れにしなかったのか。
 アンディは笑いながら悔む。
「みぃぃんな、死んだのに。どうして、一番死んで欲しかったお前が生きてるんだろうな」
 ザリオスの髪を掴むと、視線を合わせるように持ち上げる。
 エメラルドグリーンの瞳と縹色の瞳。
 かつて、同じ色だった髪も目も、全て別の者に変わっている。
 どんなに違う姿をしていても、分かるのは、やはり双子だからか。
 首から落ちる黄色い液体。腐臭が鼻先を掠め、アンディは眉を顰める。
 ザリオスは弟を見つめる。
 その目は、どこか哀れんでいるようだった。
 床の上に転がったザリオスの胴体。その腕がぴくりと動く。
 それに気がついた博士が何かを言いかけたのと、胴体が起き上がり、アンディを突き倒したのはほぼ同時だった。
「今日のところは一先ず、退散させていただくよ」
 胴体はザリオスの頭を掴むと、キッチンの窓枠に足をかける。
 そして、その身を窓の向こうに投げた。
 あっという間のことだった。ザリオスの姿は最早どこにもない。
 アンディは暫くの間、兄が消えた窓を見つめていたが、やがてふらりと起き上がった。
 窓の外を覗いてみても、消えた姿を見つけ出すことはできなかった。
 買ったばかりのはずの服は、紅茶の染みに加えて、腐敗液がついてしまっている。
「あー、また新しいの買わないとなぁ」
 服を摘まみながら嘆く。強烈な臭いにげんなりとする。さすがに、このままでは買い物にすらいけない。
「だから、帝都って嫌なんだよなぁ」
 呟きは独り言。アンディは溜息を漏らした。





「全く、散々だった」
 己の胴体に頭を担がせながら、生死体は言う。
 人目に付かぬように裏道を抜ける。
 Drウイユが不死人の顧客であることは知っている。だからと言って、まさか一緒に帝都にいるとは思ってもみなかった。

 不死人の情報屋――アンディ・フランク。

「まだ、フランクを名乗っているなんてね」
 ザリオスは生死体として生まれ変わった時に、その姓を捨てた。
 今はフォーガスという姓を名乗っているが、それも一時的なものだ。
 成長する事のない身体は、いつまでも同じ人間とは付き合えない。
 定期的に、学院を辞めて、別の人間としてまた入学する。ザリオスはそうやって、帝都に居ついていた。
 生死体の体を維持するには、防腐剤が必要だ。また質の良い部位(パーツ)を手に入れるにはそれなりにつてが必要だ。
 そのために、ザリオスは教授に近付き、殺し屋として仕事を行う代わりに見返りを得ている。

 十年前、ザリオスはただの人間だった。
 金髪に縹色の目をした可愛らしい少年。同じ顔をした双子の弟がいた。
 だが、弟はただの人間ではなかった。
 双子なのに、弟は不死人だった。
 両親や村人たちは、不死人である弟を神の子供だと言って奉った。そして、同時にそうではないザリオスを責めた。
 ザリオスは弟が嫌いだった。両親が憎かった。村人を恨んでいた。
 だから、だから、あの日、殺した。そして、殺された。
 両親はこの手で殺した。村人は弟が殺した。
 兄をその手に掛け、可愛がってくれた村の人を殺害し、火を放ったのは神の子供として愛されていたアンディだった。
「アンディ・フランク。愚かな弟」
 アンディとって、周りから与えられる愛は価値のないものだった。だからこそ、きっかけ一つで容易く放り出した。
 愛を与えてくれなかった両親を憎んで凶行に及んだザリオス。
 両親だけで逝くのは可哀相だと思って村人を殺したアンディ。
 歯車が狂ったのはいつからか。それとも、最初からそうだったのか。
「あー、不死人を殺す方法ってないものかなぁ」
 報告ついでに、教授に尋ねてみよう。
「その前に……」
 自分の胴体に目をやって溜息をつく。
「首をつなぎ合わせなきゃな」
 首と胴を離れたままにしておくわけにはいかない。
「次会ったら、あいつの首をきってやる」
 そう決意すると、ザリオスは路地裏の影の中に姿を消した。




 ぽたり、ぽたり、ぽたり。
 落ちた雫は赤くって。
 ぽたり、ぽたり、ぽたり。
 零れたのは果たして血だけだったのか。
 それは、誰にもわからない。
 そう、誰にも――。









H21.3.11